A市の刑務所で爽やかな汗をかいているのは、冤罪で8年もの懲役に課せられた人望の厚い模範囚である。彼は1年目の冬には無実を主張することを諦め、代わりに刑務所での生活を豊かにしようと、ことあるごとに看守に意見を申し出た。
「看守さん。仕事を与えてくれるのはよいのですが、報酬がここでは何も価値のない、しかも雀の涙ほどのお金では士気も上がらないってものですよ。このままでは更生する前に精神が壊れてしまう」
そういうと、ささやかながら3時のおやつが支給されるようになった。
「看守さん。仕事の時間が長すぎます。仕事でストレスを与え続けるよりも、運動の時間を増やしたほうが腐った心が洗われると思います」
そういうと、労働時間が見直され、体を動かす時間が長くなった。
その他にも食事や寝具など、この男の進言で様々な改革が起こり、今やこの刑務所は彼の理想の環境へと変化していた。
そして8年目の春、刑期を終えた彼は名残惜しつつも刑務所をあとにした。自らの進言により就職先を斡旋してもらっていたので、彼は次の日から会社員になり、愕然とした。
毎朝満員電車に押し込められ、薄給にも関わらず終電ギリギリまで働き、家に帰ればただシャワーを浴びて寝るだけの生活。懲役を受けているときよりも自由から遠ざかったように思えた。
「刑務所では勤務時間が定まっていて、残業などありません。ここの労働環境は刑務所よりもよっぽど酷いです。ただちに対策を練るべきです」
「あの、この前お話した件なのですが。何か具体的な対策はないのですか?」
「え?そのようには見えませんが」