彼と遊ぶ時は大体野原だった。
日が暮れるまで虫を追いかけてりなんとかごっこを繰り返した。
僕は虫取りが好きだったしヒーローごっこも大好きだったから彼とはとても気があった。
ある日無性に彼の家に遊びに行きたくなっててお願いしてみたことがある。
何だか嫌がっている様子だったけど、家は知っていたから無理矢理に押しかけてしまった。
外はまだ明るいのに、家に入ると暗い居間には父親があぐらをかいて座っていた。
その後ろには掛け軸があって、細長い半紙に四文字熟語が描かれていたけど僕には読めなかった。
お父さんは鋭い目つきの強面で、びしっと決まった角刈りが印象的だった。
お邪魔しますと挨拶をしたけど、黙って頷くだけで何も言わずに一点を見つめていた。
お母さんがお水とお菓子を出してくれたけど、すぐにそそくさとどこかに隠れてしまった。
おもちゃなんて呼べるものはおいてないし、なんだか友達に話しかけても全然相手をしてくれないからその日はさっさと帰ることにした。
そいつはいつも五分刈りで、髪の毛が伸びたところを見たことがなかった。
学校帰りに駄菓子屋に誘っても、一度もついてきてくれたことはなかった。
ある日家まで学級通信を届けに行ったことがあった。
お母さんが出迎えてくれて、御見舞をしたいというと渋々迎え入れてくれた。
この日もお父さんは居間に座って一点を見つめていた。
それからも友達を遊びに誘おうと家を訪れたことがあったけど、大声で友達を呼んでいるといない時は何度目かに決まってお父さんが出てきて一言「いないよ」と言っては奥に消えていった。
その時は怖いお父さんがいつも家にいるなんて友達は辛いなぁくらいにしか思わなかったが、あとになって仕事は何をしていたのかなんてことが気になった。
そのヒントは友達とヒーローごっこをしている間の会話にあった。
僕はテレビのヒーローに扮するのだが、彼が返信するのはいつも軍人だった。
「神風特攻隊!」「大日本帝国バンザイ!」それが彼のいつもの必殺技だ。
何だか漢字がいっぱい並んでかっこいいなくらいにしかその時は思っていなかったけど、今思うと何となく理解ができるような気がした。
掛け軸の前に日本刀は飾られていただろうか。
それはもう定かではないが、彼のお父さんは活動が生業だったのだろう。
武士は食わねど高楊枝。
お金を稼いで浮かれた生活をするよりも、志のために清貧を選んだ家族の話だ。
今ではもう見ることのなくなったようなたった30年前の話である。