人が誰かを抱きしめるとき、相手をつなぎとめる手が、僕には無い。
そうした術は生まれてきてきたときから学んできたし、逆に、だから僕は生きていられる。
僕の手足は生まれたときに向こう側に置き忘れてしまって、こちらの僕からは、失われていた。
ファントムペインが有名かもしれないけれど、ハード的な意味での肉体の損失は、
僕の左の肩甲骨には左手の、右には右の、手のひらの感覚がきっちりある。
そのおかげか、彼女たちに抱きしめられるとき、自分のすべてを抱きしめられている感触を得る。
まるで羽を押さえ込まれているみたいだと思う。
そのときだけ、フワフワした不安定さが無くなって、やっと僕は地面に降りられると感じる。
月曜日には紗江が、
火曜日には由香が、
水曜日には栄子が、
木曜日には。
僕をきちりと地上に繋ぎ止めてくれる。
普通の人ならセックスのとき、相手をつなぎとめておける手は僕には無い。
明らかに暴力の行使、力づくというカードが切れない僕という立ち位置は、
でも、多くの人間は自分が良い人でありたいから、圧倒的な勝ち分を幾分か譲ってくれる。
彼女たちはもう、とてもたくさん「持っているから」それを分け与えることに躊躇しない。
それどころか、彼、彼女たちは、それを与えることで自分たちの徳が上がると信じている。
天使に財産を献上することが、人間性の向上につながるという信仰に近い。
僕は天使ではない。けれど、ときどき肩甲骨の裏側に力を入れて、
昔から、そういった象徴化された天使たちはときどきやらかして、
僕も少しやらかしてしまって落ち込んだけれど、そもそも、もともと僕は人間なのだ。
ときどき、天使として振る舞うことでメシを食う、それだけのことだ。
今は、ほんの少し休んで。
次はもっと高く飛べるように。
確認するために、すこし、手のひらを握る。
肩甲骨に力を溜める。
みんなが信じている、僕の幻翼に。