2016-03-28

僕の幻翼

人が誰かを抱きしめるとき相手をつなぎとめる手が、僕には無い。

僕は仕方がないから、できる限り言葉と態度で彼女を縛る。

そうした術は生まれてきてきたときから学んできたし、逆に、だから僕は生きていられる。

僕の手足は生まれときに向こう側に置き忘れてしまって、こちらの僕からは、失われていた。

ファントムペインが有名かもしれないけれど、ハード的な意味での肉体の損失は、

ソフト的なものの損失を意味しない。

僕の左の肩甲骨には左手の、右には右の、手のひらの感覚がきっちりある

そのおかげか、彼女たちに抱きしめられるとき自分のすべてを抱きしめられている感触を得る。

まるで羽を押さえ込まれているみたいだと思う。

そのときだけ、フワフワした不安定さが無くなって、やっと僕は地面に降りられると感じる。

月曜日には紗江が、

火曜日には由香が、

水曜日には栄子が、

木曜日には。

僕をきちりと地上に繋ぎ止めてくれる。

普通の人ならセックスとき相手をつなぎとめておける手は僕には無い。

できる限り言葉と態度で彼女を縛る。

明らかに暴力行使、力づくというカードが切れない僕という立ち位置は、

オープンリーチしか許されない麻雀みたいな交渉になる。

まり勝負にはならない。勝ち、というもの存在しない。

でも、多くの人間自分が良い人でありたいから、圧倒的な勝ち分を幾分か譲ってくれる。

特に、裕福な人達、美しい女の子

彼女たちはもう、とてもたくさん「持っているから」それを分け与えることに躊躇しない。

それどころか、彼、彼女たちは、それを与えることで自分たちの徳が上がると信じている。

天使財産を献上することが、人間性の向上につながるという信仰に近い。

僕は天使ではない。けれど、ときどき肩甲骨の裏側に力を入れて、

そのように振る舞うことは可能だ。たぶん、誰にだってそうだ。

神というのが世界のもの象徴であるのと違って、

天使は明らかに世界の一部のなんらかの象徴だ。

それは美徳であったり、平和であったり、自由であったりする。

から、そういった象徴化された天使たちはときどきやらかして、

人間世界に落とされてしまうこともある。

僕も少しやらかししまって落ち込んだけれど、そもそも、もともと僕は人間なのだ

ときどき、天使として振る舞うことでメシを食う、それだけのことだ。

今は、ほんの少し休んで。

次はもっと高く飛べるように。

確認するために、すこし、手のひらを握る。

肩甲骨に力を溜める。

みんなが信じている、僕の幻翼に。

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