http://b.hatena.ne.jp/entry/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201512/CK2015120102000130.html
このブクマを見て思った
自分としても、渋谷区の法律は支持するし最終的には国が法律で同様の制度を用意すべきだと思ってる。
だが、ここで相手の信条を批判するために「練馬区を田舎だなぁ」と批判してることについて、自分は疑問に思った。
そして、それにそれなりの数のスターがついてることに悲しさを感じた。
これに対する批判は、2つある。
(1)区議の意見に反対するために、「練馬区」全体を貶めていること。
この2つである。
(1)に関しては、主語が大きすぎるということも言えるだろう。
これには、その議員を選んだ区民の責任という考えもあるかもしれない。
だが、選挙のときに、区議は同性愛に関する意見を述べただろうか。
これを述べていて、区民がその議員を選んだのならば、練馬区は糾弾されるべきかもしれない。
しかし、練馬区民はエスパーではないのである。他人の心を読んで、この人はこういう考えを持ってるから投票すべきではないという判断はできないのである。
つまり、私は(1)においては、批判されるべきは区議であって、区民じゃないということだ。
(2)のような田舎を劣ったものだとする考えはありふれていると思う。
しかし、私はこのような意見を持ちながら、片方ではリベラル的な意見を持つことに微かな違和感を感じている。
はたして、田舎だからリベラル的な意見が否定されるのだろうか。
http://sp.mainichi.jp/feature/news/20150316mog00m010016000c.html
この結果には若年層や大都市になるほど、同性愛に寛容であるとの結果が示されている。
その点では、確かに田舎はこういった問題に不寛容な可能性もある。
しかし、大都市になるほど、若年層が多くなることを見逃してはいけない。
ソースは用意できなかったが、欧米では学歴が高いほど政治的寛容度が高いという研究結果もあったはずで、日本では構造的に学歴の高い人間ほど東京に移動する傾向にあることも原因の一つであると言えるかもしれない。
だがここで私が考えたのは、地域内の高齢者の比率の問題とも言えるのではないかということだ。
また、上記の学歴が高いほど、政治的に寛容であるというのが真で日本に適用できるならば、現在の若年層の賛成の比率の高さは大学全入時代に突入したことへの影響もあると思う。そして、日本の大学数は都市近辺に集中していて、地方の若者も都市で教育を受けてから地元に戻るというケースも少なくない。つまり、学歴が政治的寛容に影響しているならば、年齢別の寛容度の高さは説明できると考えられる。
そして、これらが都市になるほど、同性愛に寛容であるという根拠になるのではないか、という私なりの説明である。