2015-06-05

エロマンガアニメゲームエロ写真集AVより罪深い

オタクの人は必死に「エロマンガアニメゲームは実写と違って誰も被害に遭っていない」などと主張しますが、むしろ逆です。今からその説明しましょう。

※なお、性的消費定義しろおじさんがうるさいですが、以下の文章における『性的消費』の意味は、「性の商品化における、消費者側に注目した言葉」の意味で使っています

 男がAVを見て性欲を解消するとき性的に消費されているのは誰かを考えるならば明らかに第一にはそのAVに出演している女優だ。そこに疑いの余地はない。

もちろん、「好きな女の子がこの女優に似ているから」という理由AVを選び、AV女優を見ながらその好きな女の子を思い浮かべて性欲を解消した場合など例外はあり得るが、

全体から見てそのような理由で選ばれ・使用される割合は1%未満であろう。

そして、少なくともAV女優ならば『性的に消費されるのが仕事』であり、本人の意思で出演しているのならばそこに非難すべき構造はない。

(私は一部のフェミニストが言うようにAV女優が全て親・夫・彼氏などに強要されて出演しているなどとは思わない。無論、全てが本人の自由意思に基づき出演しているとも思わないが)

アイドル写真集でも、同様のことがいえる。男がAKB柏木由紀写真を見て性欲を解消したとき性的に消費されているのは柏木由紀である。(なお、人選に他意はない)

そしてAV女優ほどではないにしろ芸能人は多かれ少なかれ「性的に消費される」ことも仕事の一部だ。

柏木由紀写真集販売され、それを男が性欲を解消する道具に使っているという事実は、全ての女性に対する尊厳侵害である」とラディカルなフェミニストが訴えたところで、

当人たちだけでなく世間一般からも「お前はゆきりんではない」と笑われるだけであり、実際それは世間が狂っているのではなくラディカルなフェミニスト文句おかしいだけである

なお、『性的に消費されるのは仕事』と言えるのは芸能人のみであり、芸能関係以外の女性有名人実業家スポーツ選手など)や一般女性ならばそこには立派な、本人の意思無視した性的消費の構造が成立する。

 それに対し、男がマンガアニメゲーム美少女キャラクターを見て性欲を解消するとき第一性的に消費されているのはその美少女キャラクター……ではない。なぜならば、そのキャラクター実在しないからだ。

では何が性的に消費されている第一存在であるかというと、一番目に来るのは他でもない「女」という存在のものである

従って、フェミニストが「エロマンガ女性人格無視して性的存在としてだけ消費しており、従って全ての女性に対する尊厳侵害である」と訴えるのは正当性を持つ。

「お前は○○タン(そのエロマンガに描かれた美少女)じゃない」と返したところで「その○○タン実在しないでしょ。では何をモチーフにして描いたんですか?」「敢えて言うなら女という一般的な存在ですね」「じゃあその女という一般的な存在の中に、女である私も含まれているじゃないですか」となる。

何が違うかと言えば簡単な話だ。特定の一人を性的に消費するか、全ての女性性的に消費するかの違いだ。だから、全ての女性性的に消費する存在であるエロマンガアニメゲームは、特定女性だけを性的に消費する存在である実写エロよりも罪が重い。

オタクというのはこんな論理も分からないのだろうか。

…という釣りでした(2018/06/25)

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