http://syuraw.hatenablog.com/entry/2013/12/05/183752
とか
本気になれない人に足りないのは「当事者意識」ともう一つ。「危機感」。
http://programming-10000.hatenadiary.jp/entry/20131208/1386428823
にブコメした者だけど、今日は嫁と娘が仲良くお出かけして時間が出来たので、ブログ持ってないから増田使って反応してみる。
当事者意識だの危機感だのいろいろ言われてるけど、これもうバズワードとして機能しちゃっててるから
「結局どうしたら当事者意識とか危機感とか出せるようになるの?」っていうことには何の役にも立たってないよね。
なので、とりあえずカギカッコ付きに逃げがちな言葉の中身を、こちらで勝手に詰めていこうと思う。
・ある仕事について、社会から要求されている自分の役割を過不足なく把握しようとしている人のこと。
・要求された役割を把握できない、または把握を避けている人
というくらいに言えるかな。
なぜ避けるのか。これもどういじってもいいんだけど、
・自分の能力・経験を過度に超える要求に対して、無意識の心理的防衛が働くから
ということにしてみよう(適当)。
つまり未知の問題を他人事カテゴリに位置づけることで精神の安定保っているということにする。
というのは、社会の要求というのは際限がないので、どれだけ要求に応えても、もう一段レベルの高い要求が出てくるものだ。
だから、そもそも当事者意識はそれを完璧に発揮すること自体が不可能、かならずどこかに限界がある。
その限界を超えてしまわないために備わっている心のブレーキがこの機構なのだ。
このブレーキの利き方というのは、あんまり過敏だと引きこもり方面に進んじゃうし、逆にゆる過ぎて突っ走り続けるといつかバーンアウトしちゃう。
そのあたりは、経験に基づく自己評価とか、能力に対する自覚とか、猶予時間、報酬、仕事観等々の内的外的要因で、各人バランスを調整してる。
なんか書いてるうちにそんな気がしてきた。うん、そうに違いない。
この説に従えば、いわゆる意識高い学生とかは、自己評価とか自己実現欲求が高くて、防衛機構を働かせずに済んでいるという感じかな。
そういう人たちがそうでない人たちにナントカ意識やカントカ感が足りんと叫んだところで、それは結局圧迫にしかならないんじゃないか。
全く効果がないとはいわんが、動かない人を動かすには悪手だよね。
じゃあどうすればいいかだけど、
要は活動開始初期に防衛機構のトリガを刺激しないようにすればいいわけなので、例えば
・自分にとって無理なく把握・処理できるレベルに仕事を分割・整列して(orしてもらって)、その決めた手順に従って半機械的にこなしていく。
とか。注意点は、細部に入り込んで全体の目的を見失いがちなこと、不測の事態への柔軟性がなくなること。
もしくは
・プライドや恐怖心を利用し、なんとしても成果を出さざるを得ない状況に自分を追い込む。
・就活関係以外の情報をシャットアウトして一切入ってこない環境にする
他人事以外の情報が入ってこなければ、他人事にしようがなくなるので防衛も何もないという自己洗脳方式。
どういうやり方にせよ、ある程度動き始めちゃえば、あとは慣性がついてそれなりに本気になれるんじゃないでしょうか。
まあこんな感じで、言葉に具体性を持たせるところから始めると、
なげーんだよ。少なくとも600pxくらいの縦画面でも人画面で見れるくらいの量にしろや
文章の練習として短くしてみた。内容についてはそれほど同意できないけど。 どうすればいいのかについて 今話題になっている、これらの記事 本気になれない人には「当事者意識」...
その二つのブログとも「"自分基準"で成功したのは"自分基準"で本気だったから」というだけ。 くだらん。東大理三に受かるためにこれだけ危機感持って中学から勉強してました、とかな...