カテゴリー 「仮説」 RSS

2016-11-23

[]次にくるPCタイプ

軽いPCが欲しいと思いSurfaceを買ってけど(軽さなNECのZじゃないのかというつっこみはさておき)、VAIO Zを使っていた身からすると不満が多い。

どうせ長時間利用にはACアダプター使うし、どうせリックサック背負ってるから、いっそタブレットはもう表示画面だけの300gくらいの劇軽にして、リュックサックの中のACアダプター部分に本体バッテリーを全部入れてi7と取り外し可能グラボ積んだ2in1ノートPCでないかなぁ。

2007-09-12

[]

単一記事にGoogle広告が付くようになったのは増田で検索するとGoogleのトップに表示されるようになったから。

2007-07-16

[] 増田の書き込み量と書き手のリア充度は

反比例する。

反例:ひきこもりすぎて現実世界での取材が不足すると増田にすら何も書き込めなくならないか?

2007-03-30

[]増田中の人は流動的なのか固定的なのか

増田にははてなIDをもった中の人がいて、その時間に誰が常駐していたかで返ってくる答えも変わってくるものと考える。だから同じ質問でも、別の時間帯や別の日に行うことで違った反応を得られる。

この一方で、

増田にははてなIDをもった中の人がいて(ここまでは同じ)

つねに返事をしてくれる人は同じようなメンバー構成で、同じ質問を何回も別の時間帯や別の日に行うことは無駄

ではないかとも思ったりする。

2007-02-09

[] 増田における分裂文脈

定義

増田はいくつかの種類のエントリーによって構成され、それらが時に結合したり、交錯したりすることで日記が積み上げられていく。それゆえ、増田の全てのエントリーをひとつの文脈に位置づけることはできない、つまり「増田は(通して)読めない」。この状態を増田における分裂した文脈(分裂文脈)と呼ぶことにする。

分裂文脈の部品

増田分裂文脈の流れ(ある読者にとっての)

― 分裂した文脈 →

…… Aノイズ → Bノイズ → 沈黙 → ヒットエントリー → Aノイズ → Aノイズ → Bノイズ → Aノイズ → 沈黙 ……

提案(つくってわんぱーく)

増田における分裂文脈は、増田の特色を代表するものである。しかし、それは特色であると同時に読みにくさでもある。現在増田の特色を温存する一方で、個々のユーザー対しては、分裂した文脈を効率よく整理する機能の提供が望まれる。

参考増田

2007-01-29

[] ハルンケア理論

書き手が無自覚でも その人が書いた文章の 引用の内容 体験談に出てくる場所や時期 例えに用いられる物事の種類で 書き手の知識量や所属するコミュニティを推し量ることができる

つまり、卓越したフィクション構築能力を持ち合わせている人間を除いて

  • 未経験者は未経験なことをそれを経験した者と同じように書けない。
  • 未知のことには言及できない。

2007-01-19

[] 増田無間地獄スルー力の正体

仮説

  • 増田』における議論は、自分の意見を表明することが主たる目的であり、その際書き手が判断基準として用いるのは自分の思いつきと自投稿の直近2、3レスである。

議論の参加者は、自分の投稿が周囲に評価され、以降の投稿で引用され、やがて議論が収束することを望む(「自分は特別である」「自分は選ばれし人間である」「自分を褒めて欲しい」)。しかし、『増田』においては、誰にとっても「自分の意見を表明すること」が第1の目的であるため、議論の発展的解消は達成されず、別の投稿者による類似した投稿が延々と続くか、全く別の話題がアップされるのみである(「自分以外の人間は特別ではない」「自分以外は選ばれし人間ではない」「自分以外の人間を褒める必要はない」)。

増田』におけるテクストの羅列。それは、まるで、記憶力の悪い人間の壮大な独り言のようである。

そんな「ひとりごち」への、ささやかな報酬は、はてなブックマークブックマークされることであろう。混乱した思考に対し、外部から気にかけてもらえるのだから。

ところで、意見の表明のあり方には少なくとも次のようなパターンがあるように思う。

  1. 議題に対する素朴な感想
  2. 一群の同意の流れ(微妙な見解の相違を含む)。
  3. 2にまっこうから反対する意見
  4. それまでの流れをまとめて議論を終わらせようとする意見

問題は、議論の場への参加資格が対等なため、4は多数の意見がある中での一意見という扱いしかされない点である。これにより、議論はループし無間地獄と化す。

議論の終了宣言を行うことが許されるのは「他の投稿者より身分が高いと暗黙のうちに了解される人物」であるが、増田民は匿名なので、これは期待できない。ちなみに、ここでいう「身分」とは、理屈をこねる能力の優劣ではない。サービスにおける制度上の上下関係である。例えば、書き込みにあたっての物理的な強制力(書き込みを非表示にする、凍結する、削除する、など)を持っているか否かの違いである。

増田』上の議論に対し、読み手の精神的な安定をはかるための骨法は、「参加者が飽きるまでほったらかしにする=読み手が我慢する」という点につきる。これが、いわゆる「スルー力」である。

参考

2006-11-30

[][]

パンツ潰しのululun―――とあだ名を付けたい衝動にかられた。脊髄反射的だが。

この気持ちはいじめ問題の根底にある邪悪さと通じるものがあるかもしれないと思った。

2006-11-13

[]はてブいじめ

ある日、はてブdisられたブロガー自殺して「はてなに殺されました」と書かれた遺言が発見される。有名人ブログの反応で「戦わないと一生disられる」「disられる記事を書くほうにも問題がある」「disる奴は変わらない」といった言及がまことしやかに語られるようになる。

2006-10-21

[]

自分以外の人間はすべてバカである、という稚拙な万能感。

2006-10-17

[] 無間地獄

仮説

  • ウェブ上の掲示板やブログのコメント欄等における議論は、自分の意見を表明することが主たる目的で、その際書き手が判断基準として用いるのはトピックと自投稿の直近2、3レス。

自分の投稿が周囲に評価され、以降のレスで引用され議論が収束することを誰もが一度は望むが、「自分の意見を表明することが主たる目的」であるため議論の発展的解消は達成されず、別の投稿者による類似したレスが延々と続くのみである。

意見の表明のあり方には少なくとも次のようなパターンがあるように思う。

  1. 議題に対する素朴な感想。
  2. 一群の同意の流れ(微妙な見解の相違を含む)。
  3. 2にまっこうから反対する意見。
  4. それまでの流れをまとめて議論を終わらせようとする意見。

問題なのは、議論の場への参加資格が対等なため、4は多数の意見がある中での一意見という扱いしかされない点である。

議論の終了宣言を行うことが許されるのは「他の投稿者より身分が高い」と暗黙のうちに了解される人物であり、それはトピック主、ブログの管理者、掲示板の管理者などであろう。これは、理屈をこねる能力の優劣ではなく、制度上の上下関係であり、物理的な強制力(トピックやコメント欄を非表示にする、凍結する、削除する、など)を持つ。

ウェブ上の議論を采配する骨法は、「参加者が飽きるまでほったらかしにする」という点につきると思う。

2006-10-14

[] 電波組織

大勢の人間が志を一つにして自分を陥れようとしているという妄想

 
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