2021-10-02

父の出張甘納豆

甘納豆

父が自営業仕入れ東京に行く際、土産でよく買ってきてくれた思い出の品だ。住んでいる地元にはないお菓子、ちょっぴり都会の香りがするお菓子

核家族我が家は、父出張時、家で男は私だけになる。出発の前日、父は2人っきりの時に、いつも決まって私にこう、コソッと言う。

増田よ、家を任せたぞ」と。

小学2年生の私は、その言葉に妙な歯がゆさ、男として認められた照れ臭さ、もしもの時は家族を守る、という緊張感が入り混じった感情になる。

父も小2の私に、家族安全を守れる、なんて期待は、甚だしてないだろう。が、父は私に、長男としての自覚を、幼いながらも持たせたかったのであろう。

もちろん平和日本だ。変わった事は何も起こらない。ただ子供ながらにも、父親不在の中、『何かあったら俺が』と、隠れた決意は心に秘めている。この決意は母や姉には言わない。父と私だけの男の約束からだ。

小2の私は一人、隠れた緊張感を抱えたまま、父不在の家で過ごす。

父の出張は一泊二日か二泊三日。なんの事はない。極めて短い期間である。すぐに父は帰ってくる。父が帰ってくると家は色めき立つ。父は東京の沢山の土産と一緒に帰ってくるからだ。1990年代のあの時、まだまだ東京は遠かった。

父の土産は2種類ある。

一つは、仕入れ荷物と一緒に送られてくる物。大体、父が帰ってきた翌日に届く。父の仕入れ東京馬喰町浅草橋界隈が中心。エトワール海渡という卸問屋デパートで、仕入れ物と一緒に、子供向けのおもちゃとかディズニービデオを買ってきてくれた。小売店で買うより安かったから、いつもちょっと高そうなのを買ってきてくれる。自分の店で姉と遊んでいると佐川急便のお兄ちゃん荷物を持ってきてくれる。(佐川急便の兄ちゃんジュース奢ってくれたり、やさしかったなぁ。)

もう一つ土産手荷物で持って来れる小さな物。基本は羽田空港とか、東京駅構内のお土産市場で買える小さい物。父も東京うまい物が好きで、いつも旅行ボストンバッグにほりこんで帰って来る。地元にはない、粋で洗練された、東京名産品。

父が家に帰ってくると、姉と一緒に鞄を漁るのが楽しい。夕刊ゲンダイもよく入っていて、「東京情報だ!」なんてドキドキしながらよく分からないまま、読む。

鞄の端っこの方に平べったい、紙に包まれ甘納豆がぺちゃんこになって挟まっている。紙の封を開けると、ザラメがまぶした黒豆が。子供にはちょっと甘ったるいが、中々味あえない東京の味。姉と一緒にチビチビ食べる。

甘納豆は、無事に家族を守った私のご褒美なのだ。父が帰って来た安心感と、家族を守るというミッションから解放された安堵感の味がする。一仕事終えた父と、一仕事終えた小さな私の、甘いお菓子

甘納豆を見ると、いつもあの頃のバブル景色と男の約束の味を思い出すのだ。

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