この10連休は、LGBTプライドウィークになっていて、今日は代々木公園でプライドパレードもあるらしい。
何年か前までは、自分(もしくは誰か)の環境を変える一助になればと思ってパレードも歩いたし、募金とかもしてたんだけど、ある時から急に行かなくなってしまった。
1番の原因は、LGBTムーブメントに近い場所にいると心底疲れる、ってことだったと思う。
同性愛者やトランスの人、結婚したい人、過激派の人、活動家の人、ゲイやオネエなどのコンテンツとして捉えてる人、真剣にセクシャリティについて悩んでる人、ファッションセクマイの人、性に奔放な人、アライの人、新宿二丁目(などのゲイタウン)で飲むのが好きな人...。
いろんな人がいて、そんな、いろんな人たちを理解したり、存在を認めたり、場合によってはスルーしたりする事でより良く共存しようね、みたいな感じがあったかくて嬉しかった時期もあったけど、気が付いたら全方位に過剰な気遣いが強いられていて、コミュニティでパワーを持ってる人にペコペコして、繊細すぎてすぐに暴れちゃうような人にヒヤヒヤしていた。
より良く共存するためには、ヒステリックに怒り散らす人に過剰に気遣いしないと輪に入れない雰囲気になっていて息苦しかった。
自分のカテゴリを示すために、パワーのある人や発言力のある人、顔の広い人気のある人、人脈のある人に嫌われないかヒヤヒヤしながらコミュニケーションを取り続けなければならなかった。
LGBTコミュニティに顔を出していた時期もあったから、生きにくさを感じている人も沢山見てきたし、そんな友人達にとって生きやすい世界をつくる活動(署名とか、募金とか、居るということを拒絶しない姿勢を示すとか)をやってきたけど、その「変えたい気持ち」を、LGBTコミュニティ内での"生きづらさ"が上回ってしまった。
差別発言をした人に対する激しい暴言とか、バイセクシャルはストレートに戻る論とか、いつ何時も色恋に目をギラつかせている人とかにも晒され過ぎて疲れちゃった。
状況がより良くなったり、選択肢が増えることは望んでいるし、セクシャルマイノリティに限らないマイノリティ(障害者とか)も少数派だからと虐げられることのないようになればいいとは思っているけど、そう思う気持ちがこれ以上削がれるような不快な場面に直面したくなくて、離れることを選択した。
メディアで露出してるLGBTって単なる左翼系の運動だから イデオロギーに染まってないLGBTはそういうのを冷めた目で見てる
でもキモくて金のないおっさんはマイノリティに含めないので虐げられていてもどうでもいいんですよねわかります
一橋大のストーカーゲイ自殺訴訟とか、杉田水脈の応援演説に対する選挙妨害、言論弾圧とか、新潮への言論妨害とか、スカーレット・ヨハンソンを虐めて降板させた件とか、やりすぎ...
一橋のはあれ責めて終わりなのひどいよな マスコミもLGBT界隈も撤回すべきところがあっただろう
不細工排除なんだろうどうせ そうじゃないなら所属で有利に立ち回れるならホモになりたい
LGBT界隈はしたいやつは勝手にすりゃいいと思うのよ。ノンケのコッチも自分が不利益を被らないなら関わらないし。 市民権とか求めるなよ。日陰者は日陰者らしくひっそりとしとれ。
1945年、日本人はアメリカに原子爆弾で大量虐殺されました。天皇は日本を敗戦に導いた指導者でした。おめでとうございます。 In 1945, the Japanese were massacred in America by the atomic bomb. The Empero...
すごく、わかる。 当事者だしオープンにしてるけど活動してる人とはどうしても相入れないし、同じだと思われたくないよ。 騒げば騒ぐほど生きにくくなる。頭弱すぎなんだよ