例えばインターネット。このネットワーク自体の始まりはアメリカの軍用回線という公的な物だったけど、そこに乗っかっているE-mailやWWWという技術は私人が発明し、今も私人の団体に管理されている。
例えばプログラミング言語。国家プロジェクトによって開発されたプログラミング言語って個人的には聞いたことがない。これも基本私人団体による開発、管理。
でも、どちらもすでに今の社会にはなくてはならない重要な技術だ。
この各種技術私人団体は健全な運用をされているだろうということはわかる。特にセキュリティに関する対応について、非常に誠実な対応をしていると毎回いろんなニュースを聞いて思う。
きっと背景には、彼らの責任感があるのだろう。
けれども、その責任感は私人に負わせるべきものなのかなぁ、と。
例えば、暗号技術にバグがあったとする。その暗号技術は世界的に広く使われていて、早く直さないとクレジットカードや重要機密の情報などが筒抜けになったままになってしまい、社会の混乱は避けられない。しかしそのバグを直すことは非常に困難であるが、それが出来そうなのは世界でも自分を含めた数人に限られている。
この超ストレスフルな状況、私人に背負わせていいものなの?しかも技術私人団体自体がボランティアの手によって運用されていて、この状況に立たされた私人技術者には金銭的な報酬が一切ないこともままある。
本当に、技術者の責任感のみに社会の安全性が担保されている場合があるのだ。
これはいろんな面でどうなの?ってすごく思うんだけど、これら重要な技術団体が一国家に所属するというのも弊害が大きすぎる。技術が各国によっててんでバラバラに管理されるようになったら、世界中どこでも繋がるインターネットみたいな利便性が失われてしまうだろう。
国家という存在の買いかぶりが2010年代はてなの傾向としてあるように思う。 以前だったら国にそんな芸当ができるわけがないというのは肌感覚として分かっていたはずだ。 手直しで新...
手直しで新たな問題を作ってしまうことを恐れるあまりセキュリティ修正すら進まなくなるのがオチだろう。 手直しで新たな問題を作る可能性っていうのは別に技術者が公人だろうと...
WHOみたいなのの技術版ができればええんちゃうの? 今はまだないだけで、そのうちできると思うけど。