終盤は当初のコンセプトとはかなり違う様相になっていたはずだ。
もっとも制作側がそれにのっかっていったからああいう作品になったわけだし、
おそ松さん一期そのものはコミカルでポップな絵柄にとってつけたような少々のエグさを加えただけの歪で荒唐無稽なギャグアニメであったが、
無意味さゆえに鑑賞者がそれぞれキャラクターや彼らの関係性を補完・拡張していくことが容易かった。
そのため「おそ松さん」は腐女子がコミュニティを形成するためのプラットホームのような物になっていったような気がする。
このことがあそこまで人気を獲得した要因だと思う。
腐女子文化に馴染みすぎた「おそ松さん」はもはや頭空っぽなギャグ作品とは世間から見なされていない。
ギャグアニメをブロマンスに再構築するという腐女子を仲介したプロセスが必要なわけで、
「おそ松さん」そのものがブロマンスと見なされてはいけないんだよな。
だから「おそ松さん」二期を始めるにあたって揺り戻し、つまり2年前のムーブメントをリセットする必要があると製作陣は考えたのだろう。
腐女子の存在を作品内に引きずり込めば、ブロマンスと化した作品の現状そのものをメタギャグに変えることができると。
これでは今まで築き上げられてきた「おそ松さん」ブランドを転覆させてしまいかねないが、
ギャグの次元に取り込まれた腐女子がそれでもなお作品をブロマンス化しようとするとき、誰も想像だにしないビッグバンが起こるのではないかとぼくは密かに期待している。