2017-06-07

パキシルの恐ろしい離脱症状

うつ病で7年間服薬してきたパキシルを切って、3か月たったころ。

吐き気やふらつき、船酔いのような違和感が徐々に収まってきた一方で、

情緒不安定悪夢、不眠がひどくなってきていた。

体調不良で1日有休をもらい、ほぼ寝たきりで過ごして目を覚ました夕方

異常な不安感とのどが締め付けられるような違和感、落ち着いて着席していられないほどの焦燥感が現れた。

一人暮らしの部屋にいるのが恐怖で、実家の母に電話し、眠るまで切らないでとお願いして2時間つないだままにしてもらった。

翌日からなんとか1週間出社した。

得体の知れない不安とひどい焦燥感は日増しにひどくなった。

時間くらいしか眠れない状態が2週間近く続いていた。

頭も回っていなかった。

「あと少し、あともう少し」と言い聞かせ、何とか出勤していたが、とうとう

職場でも着席していられない症状が現れた。

限界だった。

休職して実家で療養することになった。

主治医は、離脱症状ではない、うつの再発だからと服薬の再開を強くすすめてきたが、薬をやめたい一心だった私は最低限の睡眠薬安定剤だけ飲んだ。

症状は日増しに悪化していた。片時もじっとしていられず、家じゅうをうろつき食事も着席してとれない。

夕方~夜は多少落ち着くものの、寝起きから午前中は地獄だった。

ほかにも、のどが締め付けられるような違和感ヒステリー球というらしい)。

車やバスなどの狭い空間にいると閉塞感で落ち着かず、窓を開ける。

トンネルを通るときなどは恐怖で、運転席に座る母の腕にしがみついていた。

明け方日中も一人でいられず、常に誰かのそばにいて、それでも不安と恐怖が強いときは手を握ってもらっていた。

窓とドアを開け放しておかないと閉じ込められているような閉塞感があり、真冬なのに網戸にしていた。

テレビラジオで「殺人」「強盗」などの言葉を聞くとひどく恐ろしかった。

火星に一人で取り残される宇宙飛行士映画オデッセイ」も、恐怖でまったく見られなかった。

目にするもの、耳に入るもの全てが恐怖の連想につながり、今までどうしてこんな世界で生きてこられたのだろうと思った。

今思えば、脳内不安や恐怖の感情コントロールする偏桃体が、過度に興奮した状態だったのだろう。

こんなに辛いなら死んだほうがいいと思うほど、文字通り生き地獄だった。

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