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何故俺が虎になる運命になったのか判らんと、さっきは言ったが、しかし、考えようによれば、思い当ることが全然ないでもない。
巨人に入ってからというもの、俺はつとめて威嚇的な態度をとり、桑田をはじめとする昔からの友人も遠ざけた。みんなはおれを番長だ、まるでヤクザだと言った。プライドが高すぎる、という人もいた。実は、それがほとんど羞恥心によるものだということを、みんなは知らなかった。
もちろん、かつての「王貞治を超える天才」といわれた自分に、自尊心が無かったわけはない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものだった。おれはプロ野球史に名を成そうと思いながら、進んで先輩の教えに就いたり、求めて球友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、俺は成績は平凡でも細く長く生き残ればいい、というのも潔しとしなかった。ともに、おれの臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいだ。
俺が、「実は王さんを超えるほどの才能がないのかもしれない」ということを恐れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、俺が王さんを超える天才であることを半ば信ずるがゆえに、普通の平凡な選手として生きることもできなかった。おれは次第に野球界との付き合いから離れ、人と遠ざかった。結果、イライラがたまるし、人に見られるのも恥ずかしいしで、ますます自分の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣つかいであり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。俺の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。
肉体改造でゴツい体になり、毎日ぶっ倒れるまで飲み、仕事をドタキャンし、嫁と息子をほったらかして不倫し、帰ったら家中を殴ってボコボコにし、竜の刺青をし、忠告する友達を傷つけ、さらにヤクに溺れ、その果てに、俺の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えてしまった。今思えば、全く、俺は、俺のもっていたわずかばかりの才能をムダにしてしまったわけだ。
「細く長い野球人生なんて退屈やで、太く短い人生のほうがかっこエエんや!」などと、口先では強がっていたが、実際のところは、才能の不足を暴露するかもしれないことが怖く、毎日苦しい練習をストイックに続けるのが嫌だった、というのが俺のすべてだった。
俺よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる一流選手となった奴がたくさんいる。虎と成り果てた今、俺はようやくそれに気が付いた。それを思うと、おれは今も胸をやかれるような悔いを感じる。
おれには最早人間としての生活は出来ない。たとえ、俺を監督に招聘してくれる人がいたとして、どうやってベンチで指揮をとることができるだろう。まして、おれの頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。おれの空費された過去は? 俺はたまらなくなる。そういう時、俺は、向うの山の頂の岩に上り、空に向ってほえる。この胸を焼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。おれは昨夕も、あそこで月に向ってほえた。誰かにこの苦しみが分って貰もらえないかと。
しかし、獣どもはおれの声を聞いて、ただおそれ、ひれ伏すばかり。山も樹きも月も露も、一匹の虎が怒り狂って、たけっているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人おれの気持を分ってくれる者はない。ちょうど、巨人で番長と言われた頃、おれの傷つきやすい内心を誰も理解してくれなかったように。俺の毛皮の濡ぬれたのは、夜露のためばかりではない。