2021-01-24

[] #91-1「13人の客」

アナログビデオ屋未来はない。

風の便りによると、他国では既に絶滅したという。

これは“純経済”を“超自然”と言い替えるなら摂理の内といえる。

経営ナマモノというけれど、保全しなくてもいい生物レッドリストに入れたりはしないからだ。

人間社会感傷的に動くことも多いが、そこらへんは割とドライだったりする。

そして、こういった事業栄枯盛衰、その理由普遍的かつ単純だ。

需要供給バランスが崩れた、これに尽きる。

それ以上の真理はない。

なのに“それ以上”を求める人は後を絶たない。

色んな場所で、色んな肩書きの人たちが、色んな横文字で語ってやろうと躍起になっている。

丁半博打に、何面のサイコロを何個使うか思考を巡らせているんだ。

だが、そんなことにも一定需要存在する。

有形無形によらず、需要があるところにリソースを割いて供給する。

その点において彼らのやっていることは生産的だし、立派にビジネスとして成立しているといえよう。

から場末ビデオ屋が未だに残り続けて、そこで俺がバイトをしているのなら、何らかの生存戦略が功を奏しているってことだ。

もちろん「少なくとも」、「今のところは」という但し書きはつくが。


じゃあ、具体的に何をしているかというと、やるべきことは大きく分けて二つだ。

ひとつは大型チェーン店VOD対応しきれない作品を、臨機応変に取り扱うこと。

店長、『クリスマスストーリー』ってあります?」

「どのクリスマスストーリーだ? モノによっては取り寄せないと」

「……えー、全部らしいです」

「分かった」

「分かったんですか」

もうひとつ地域密着型の、ニッチで気安い接客サービスだ。

このビデオ屋で働く従業員映画通が多く、まるで友達のように作品について語り合うことができる。

ラスト独楽が回り続けているどうかで議論している奴がいるが、何にも分かっちゃいないよな」

「その通り。どちらにしろ主人公あの世界を選んだってことが重要なのに」

「まー、クリストファー・ノーヒットの作風は、それだけ考えを巡らせる甲斐があるのも確か」

そんな中、俺は映画に詳しくもなければ熱心でもないバイトだった。

首を上下に振るだけの水飲み鳥になりがちで、たまに喋ってもオウム返しをするだけ。

「この監督が、うんたらかんたら」

「へえ」

「あーだこーだ」

「なるほど」

なんやかんや」

なんやかんや?」

我ながら真摯接客態度とはいえないが、意外と贔屓にしてくれる客は多い。

店長曰く、「喋りたがりの人間にとって、余計なことを言わない相手の方が都合がいいから」なんだとか。

まあ、それで金が稼げるんだから俺としては文句ない。

強いて気がかりな点を挙げるなら、“妙な客”と対面しやすいってことくらいか

トラブルを招くほどではないし、迷惑行為ってほどの言動でもない。

ただ自分の中にある危険信号が、常に黄色を照らし続けている、そんな存在

今回は、その中でも俺が印象的だった“13人の客”について話そう。

ただし俺は“彼ら”の言っていることを話半分にしか聞いていないため、かなり要約していることは踏まえてほしい。

こんな注釈をわざわざする意味を、めいめい咀嚼しつつ聞いてくれ。

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記事への反応 -
  • ≪ 前 13人の客、その1人目は教職員を自称する者だった。 なぜ「教職員だった」ではなく、「教職員を自称する者」と表現したかって? 俺はこの客を教職員だと思っていないからであ...

    • ≪ 前 13人の客、その3人目は元コンビニ店員だった。 「この前、『コンビニ戦争 ~研修員 VS マジ卍チーム~』ってのを観たんだけど……」 「ゲホッ、ゴホッ!」 思わずむせてしま...

      • ≪ 前 13人の客、その5人目は水商売を生業とする者だった。 「映画というかドラマなんだけど、最近は『不夜城の女』とか観てるのん。ウチにくるお客さん韓流とか観る人が多くて、私...

        • ≪ 前 13人の客、その7人目もスーツ姿だった。 ただ6人目の時とは趣が全く異なっている。 スーツは全体的にラメ加工が施されており、ビジネスシーンは全く想定されていないデザイン...

          • ≪ 前 13人の客、その8人目は靴下業界の者だった。 アパレル産業の中でも、随分とピンポイントな職種がきたな。 「かなり古いんですが、『麻の靴下』ってタイトルは御存知? 冬木...

            • ≪ 前 13人の客、その10人目は数学者だ。 「『マジック・スピーカー』を観たんだけど、私の中では映像が露骨すぎるんよね~。掛け算の仕方も違うというか~、いや、あくまで私の中...

              • ≪ 前 13人の客、その12人目は杖をついた老人だった。 「『愛のリコーダー』の尺八奏シーンは、若い頃に見たミュージックビデオを髣髴とさせる。写真を何枚も撮ってパラパラ漫画み...

                • ≪ 前 13人の客、その13人目は関係者だ。 「私は関係者」 「関係者……とは、このビデオ屋の関係者ってことでしょうか?」 「そうともいえる」 「ああ、そうだったんですか。ご用...

                  • ≪ 前 「私は関係者であるがゆえに、その言葉には意味を持ち、人々は耳を傾ける。その言葉が主観的であろうと客観的であろうと、個人的であろうと公的であろうと」 込み上げてくる...

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