2019-05-10

[] #73-5「娯楽留年生」

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ジョウ先輩の話は予想以上に長く、結局バス目的地に着いても終わらなかった。

しかし、途中で中断するのも気持ちが悪いと、ジョウ先輩とセンセイの間で意見が一致した。

俺もセンセイの手前、「急ぎの用はないですが、早く家に帰りたい気分なんです」とは言えない。

ということで、三人で適当場所で降りて、どこへ向かうともなく歩きながら会話を始めた。

「……つまりあなたのお父さんが『キュークール』に熱を上げすぎていると」

ジョウ先輩の父とは、フォンさんのことだ。

俺の父と仕事仲間である

なので最近のフォンさんの動向は、俺もちょっとだけ聞いた覚えがあった。

だが、まさか自分の子供にそう思われているほどだとは。

「確かに、いたたまれないですね。中年の身内が流行りに乗っかる姿は、子にはキツい」

「いえ、それ自体は気にしていませんの。何か夢中になれるものがあるのは素晴らしいことですわ」

適当な相槌を打ってみたが、月並み意見で一蹴された。

では、何が問題だと思っているんだろうか。

「父は……些か無理をしているようですの。心と体の間に溝ができてしまっている」

ジョウ先輩が言うには、フォンさんの『キュークール』に対する振る舞いは、身の丈にあったものではないんだとか。

その“身の丈”がどんな形と大きさをしているかイマイチ要領を得ないが。

ジョウ先輩の服装言動は“その類”に入らないのだろうか。

まあ、話がこじれるだけなので口には出さないが。

「父は内心、『キュークール』をそこまで評価していないんですの。けれどアレを愛し、そんな己の姿を周りに誇示する。そうすることで父は“何か”を守っているようですわ」

「“何か”、とは?」

「それは分かりません。ただ、無理をして『キュークール』に“熱中しているフリ”をしている、それは確かですわ」

「子の勘、って奴ですか」

「確かな経験則です。ワタクシのこのスタイルは、元を辿ればアニメキャラクターきっかけ。それを自分の中で十数年かけて浸透させたんですの。そんなワタクシだからこそ断言できますわ。父は馴染んでいないし、これから馴染むこともない、と!」

そこまで言い切るからには、きっと“何か”あるのだろう。

壊れていない家電製品ゴミ置き場に放つが如く、フォンさんは恥や外聞を捨てている。

そこまで思い切るには、それなりの“理由”が必要だ。

オサカの奴も『キュークール』をやたらと語っていたが、あいつはブログレビュー記事を書いているので、そこからくる言動だってのが分かる。

ではフォンさんの場合はどうだろうか。

単に『キュークール』に滅茶苦茶ハマっている人……とするには、あまりにも目に余る。

ジョウ先輩の心配事はそこらしかった。

「それで、真相真意が分かったら……あなたはどうしたい?」

「父には己の自我と向き合い、思うまま受け入れ、相応に振舞って欲しいだけですわ。ワタクシがそうであるように」

何だか説得力があるような、ないような。

素直に納得するにはジョウ先輩のケースは特殊な気がする。

「そうか……では、私が君のお父さんに尋ねてみよう」

センセイが予想外のことを言い出す。

「……センセイ殿が、ですか?」

ジョウ先輩の話を随分と聞きたがると思っていたが、そこまで首を突っ込みたがるほど興味があったのか。

「ええっ、本気ですか。センセイって、そんなにお節介人間でしたっけ」

仕事柄、知らんぷりともいかなくてね。その『キュークール』ってのは、ラボハテの息がかかったアニメなんだろ?」

なるほど、だからセンセイは関心が強かったのか。

……いや、それがどう関係しているというんだ。

「センセイってラボハテ関係お仕事でしたっけ」

俺がそう訪ねると、センセイは「しまった」と言った顔をする。

「……まあ、そんなところ。相手が言いたがらないのに、あまり詮索するものではないよ、マスダ」

明らかに取り繕っているのは気になるが、俺は言われたとおり詮索しないことにした。

これ以上の面倒くさい展開は避けたい。

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