頭を抱えていると、俺たちに向かって店主が言った。
「食べたのなら席を空けてくれ。次が待っているんだ」
「じゃあ出よう、二人とも」
俺がそう言って立ち上がるも、二人は微動だにしない。
「おい、どうしたんだよ」
うわ、マジかこいつら。
食って掛かる弟たちに店主も怪訝な表情をする。
「はあ……“お客様”。サービスってのは付加価値なんでさあ。座り心地のよい椅子、行き届いた空調、備え付けのテレビエトセトラ。義務じゃないことにケチつけられる筋合いなんてねえのよ」
「それは怠慢じゃないかな。俺たちは客としての権利を主張しているだけだ」
ああ、最悪だ。
タイナイはともかく、弟まで“面倒くさい客”になってしまっている。
収拾がつかなくなる。
「ほう~“客としての権利”ねえ。じゃあ“店の権利”ってのを考えたことあるか? 本来、客と店ってのはどっちが上で、どっちが下かじゃない。客が店を選ぶ権利があるなら、店側だって客を選ぶ権利を認めるべきなんじゃねえの“お客様”」
「その“お客様”って言い方をやめろ! 俺たちはちゃんとお金を払ったし、あんたは料理を出したじゃないか!」
「そしてあんたらはその料理を食べた。取引はそれで終わりのはずだって言ってるんだよ。それ以上の付加価値を求め、しかもそれが『当たり前だ』って態度が出てるから“お客様”って皮肉ってんだよ。分かったら、さっさと帰った帰った」
「ほら、二人とも出よう」
俺は恥ずかしさでいたたまれなくなって、タイナイと弟の首根っこをひっつかまえる。
そして逃げるように、そそくさと店を後にした。
次の店へ歩を進めていたが、俺はどう言い繕ってこの珍道中をやめるかに頭を使っていた。
俺一人で帰るならともかく、弟もとなるとちょっと厄介だ。
「はあ、酷い店だったな。星は5つ中、2つ」
「俺も2つかな」
「料理は美味かっただろ。付加価値が気に入らないからって、そんな評価は不当じゃないか」
「僕はこれまで付加価値も考慮して評価してきた。そんな僕があれを他の店と同等以上に評価するってことは、付加価値と何よりそのために努力してきた人たちを否定することになるし、個人のレビュアーとしての不信感に繋がる」
「だったら尚のこと感情任せで書いちゃダメだろ。レビューを鵜呑みにして店を選ぶ人間もいるんだぞ」
「デタラメなことは書いていないよ」
おい、まさかそれで片付けるつもりか。
これはもう、タイナイのほうを止めるのは無理だな。
「はあ……もういい。所詮は俺の好悪の問題でしかないってことになってしまうのだろうし。俺は抜けるぜ」
スマホの画面を見せる。
そこには弟がレビュアーを気取っている様子が、ありありと映されていた。
「え……これが俺?」
弟本人も信じられないといった反応だ。
「お、俺も抜ける。あの人は才能があるとか言ってたけど、こんなの見てヒいた時点で俺にレビューは無理だって分かった。自分のこんな姿を受け入れられない」
弟の中に、かろうじて自分自身を客観的に評価できる余地が残っていて安心した。
弟のこの短絡さについては素直に喜べないが。
「そういうことだタイナイ。個人が好き勝手言う権利そのものは侵害するべきじゃなくても、それに権威を持たせるとロクなことにならない。弟みたいな発言者は錯覚し、受け手はそんなものをアテにして自分の考えを持たなくなる」
「僕はそんなつもりは……」
「お前がどういうつもりかってのは、大衆に向けて発信した時点で側面的なものでしかなくなる。お前の言っている“ネットってそういうもの”は、そういうことじゃないのか?」
「……まあ、少なくともマスダたちを止める権利は僕にはないね。今日はありがとう、二人とも」
俺たちはタイナイを見届けたあと、帰路に着いた。
「これでよかったのかな?」
「こういうとき、俺がお前に言う返しは決まっている。“自分で考えろ”」
「それ、『他人のレビューに踊らされるな』ってこと? それとも『レビューをもっとよく考えて書こう』ってこと? それとも『店と客の関係性』について? それとも他にも意味が?」
俺はオサカの話を思い出していた。 バイト仲間のオサカは映像コンテンツが大好きで、自前のサイトでレビューもちょくちょくやっている。 そんなオサカにレビューの是非について何...
こうしてタイナイが書きあげたレビューがこれだ。 「竹やぶ焼けた」 口内さんのレビュー 評価:黄色星2つ 「第一印象が覆らない、良くも悪くも予想通りの店」 朝の数時間のみ...
そして、当日。 ランチの誘いだったのに、待ち合わせは朝からだった。 「ごめんね、週末の朝早くから。最初の店は朝のみの経営だから、どうしてもこの時間帯からじゃないとダメな...
料理店で金を払うとき、それは何に対する等価交換か、深く考えたことはあるだろうか。 ほとんどの人は料理や飲み物だと答えると思うし、その認識が別に間違っているってわけじゃな...