はてなキーワード: 陰キャとは
だから、リアルだったら、ぼざろもけいおん!もみんな彼氏がいる
陰キャの歌を歌うのではなくて、弱者男性による弱者男性のための歌を歌いたい
キラキラしたJKがバンドやるアニメという、その幻想をぶち壊したい
リアルの汚いおぢが汚い演奏で汚い歌を歌う、というリアルをオーディエンスに叩きつけたい
そう叫びたい
・基本的に恋愛の知識はネットやアニメや漫画から得たものしかない
・ルーティンから外れることを嫌う特性がある上に周りの目を過度に気にする
・そのため外食はもっぱら通い慣れたチェーン店しか利用しておらず、恥をかくのが怖すぎてひとりで行きつけのお店を開拓することができない
・恋愛や幸せに対する考え方が幼稚で独善的(自分が好きなことと相手の好きなことが一致することが幸せだと思っている、相手の喜ぶことに合わせるといった思考がない)
全部当てはまってそう
初デートサイゼ論争はことごとく議論が噛み合っていない様子である
サイゼ論争を眺めるにつけ、みんな明後日の方を向きながら演説しているだけなのに距離が近いから議論ぽく見えてしまっている……といった印象を毎回抱いている
この噛み合わなさの要因は一体何なのか
議論を観察するうちに気づいたことだが、実は「初デートにサイゼ」という事象には3つの捉え方があるようなのだ
初デートサイゼを語っている人間は大きく3つのグループに分類され、それぞれ常識や経験、世界観が全く異なっているために同じ「初デートサイゼ」を語っているように見えても実は全く異なるデートの事象を取り上げている
ここでは初デートサイゼ論争を繰り広げる層を3つに分類し、それぞれの層が指す初デートサイゼの正体について深堀りしてみようと思う
それぞれの誤解が解きほぐされ「初デートサイゼ」にまつわる相互理解に少しでも繋がれることを願っている
まずは初デートサイゼに対して激烈な嫌悪感を示している層である。
概ね下記のプロファイリングに該当する層であり、初デートサイゼ論争においては否定派に回っている
・結婚願望が強い
・恋愛経験があったとしても自分の理想の恋愛経験ができた経験はなく、過去の恋愛を黒歴史だと思い込む節がある
・相対的な価値観で幸せを感じる傾向がある(自分が好きかどうかではなく周りからどう見られるかを重要視している)
・「〇〇すべき」「〇〇しないとみっともない」といった「べき思考」を内面化している
こういった層が想定する「デート」とは、マッチングアプリ等によって知り合った人間との初めての顔合わせである
婚活をしない層からすると信じられないことだろうが、彼女らの思うデートとは「相手のスペックを品定めするための場」であり、純粋に恋愛の過程を楽しむためのものではない
さながら、事前に定められた規格に対してその製品が合格できるかどうかを確認する試験のようなモノなのだ
そういった層からすれば当然のことながら「初デートでサイゼ」はナシとなる
この層における初デートサイゼとは、「相手の男性の給料は相当低い」「自分を魅力的に見せる努力を怠っている無能力者」「こちらを舐めている、足元を見ている」「こちらを楽しませようという甲斐性は一切ない」などといったことを意味する符牒となるのだ
故に初デートサイゼ肯定派を見たとき彼女らは自身の価値を毀損させられたかのごとく怒り狂うし、あるいは「初デートにサイゼ悪くないじゃん」的なことを言う女性に対しては「穴モテのクソ女!!」といった反応を寄越すのである
初デートサイゼを支持する層ではあるが、こちらもこちらでデートに対する認知は歪みまくっている
プロファイリングは下記の通り
・基本的に恋愛の知識はネットやアニメや漫画から得たものしかない
・ルーティンから外れることを嫌う特性がある上に周りの目を過度に気にする
・そのため外食はもっぱら通い慣れたチェーン店しか利用しておらず、恥をかくのが怖すぎてひとりで行きつけのお店を開拓することができない
・恋愛や幸せに対する考え方が幼稚で独善的(自分が好きなことと相手の好きなことが一致することが幸せだと思っている、相手の喜ぶことに合わせるといった思考がない)
この層はデートを「恋愛関係に至ったあとにする行為」だと思ってる
より正確に言うなら、「好きです!付き合ってください!」などという告白によって交際がスタートし、その後初めてふたりで出かける行為を「初デート」だと思っている
しかも、基本的に女性に対して歪んだ幼児的な見方しかしておらず0か100かでモノを考えているうえ、「ありのままの自分をそのまま認めてもらえるのが良い恋愛」だという幼児的な世界観に脳みそが支配されている
「初デートがサイゼになるのは仕方ない(他にお店を知らないし怖いから)」
↓
「理解のある彼女ならこちらの事情を察して初デートサイゼに文句は言わない」
↓
「っていうか初デートで高い飯奢られようとするとか普通に性悪ビッチなのでは?」
↓
↓
「初デートサイゼは何もおかしくない!むしろ初デートサイゼに文句言ってんのは性悪のクソビッチ!」
と思っている
彼らからすれば層1の主張をする人はみんなビッチになるというわけだ
ネット上の初デートサイゼ論争は主に層1と層2が噛み合わない議論を延々と繰り返すことによって形作られている
が、実は層1も層2もノイジーマイノリティであり大半の人間が思う一般的な初デートサイゼの印象からはだいぶ外している
ではここでいう一般人とはどんな人なのかというと、
・自己肯定感もそれなりにある
といった人だ(逆に言えば層1と層2にこのような要素はない)
「趣味で知り合った間柄だと初デートサイゼも普通にあるよね、好きなバンドのライブ行ったときの食事とか簡単なものになりがちだし」
「あとから振り返って「そういえば俺達の初デートってサイゼだったねー」ってなることあるよね、友達以上恋人未満のときにノリでファミレス行ったりすることあるじゃん」
などと、個々の事情次第でそういうのもあるよね、といった反応になる
層1や層2と異なり「こうなるべき!!」といった思考には支配されていない
またそうであるが故にネットのレスバに参加することも少なく、仮に参加しても過激なことは言わないので意見は埋没しがちである
サイゼ論争を実りあるものにしたいならまずは相手の過去ツイートなどを漁って相手の人柄が何なのかを把握するべきだ
また、その姿勢を自分に向けて「なんで私は初デートサイゼにここまで感情が高ぶっているのか」を分析することも重要だろう
ここで紹介したプロファイリングも全部が全部当たるわけではなく、例えばこの間話題に乗っていた「女性をサイゼに連れて行って試すことの何が悪いんだ!」みたいなこと言っていた人は層1の異性版といえる
いずれにせよ、初デートサイゼに口角泡を飛ばしている時点で恋愛に対して歪んだ認知を持っていると言えるのでカウンセリングを受けたほうがいいかもしれない
マジでオタクは歳の差ワンチャン狙っているやつが多いからこういうときやらた擁護するんだよなw
オタ活してるとマジで20とかなんなら未成年の女と絡む機会が多い 必然ワンチャン狙ってるおっさんが多い
Vtuberとかアニメとかが大ヒットしていて、いくらオタクカルチャーが一般化しても、いまだに不登校とか定時制高校通いとかの普通の社会に馴染めなかった子達の受け皿としてオタクカルチャーが機能している現実があるのは想像に難くないと思う
そこに絡みにいくおっさんの多いことと言ったらない
ちなみにそういうおっさんは大体大卒高卒フリーターでマジで同世代の男とも女とも交流なさそうなタイプばっかなんだよなw
2004年に「リア充爆発しろ!」とか言ってた厨房も2014年には何だかんだで彼氏彼女がいて就職してやがて結婚とか会社でのポジションの変化だとか今後の人生プランを考えるようになり2024年には新入社員を指導したり育児やってたりするんだよね
増田気づくの遅くない?
そういう古い感覚持ってるならある程度の年齢だろうけどそしたら10年くらい前から繰り返し遠い目でTLの結婚報告を見送ってきてない?
2024年にこのテンションで「腐女子は非リアなものでしょう!?何で彼氏とかいるの!?」ってキレられる感覚の人がまだいたんだ
若い世代なんかリア充爆発しろ期を経ずに最初からキラキラリア充とオタクであることを両立するのが当たり前になってて
今や「オタク」は非モテを表す言葉ではなくなってる(陰キャ、チー牛に置き換わってる)し
いつまでもアップデートできない古いタイプのオタクで社会不適合者で異常な人間としてぽつんとやっていくしかないんだ
釣りじゃないならお互い頑張ろうな
陽と陰の差って行動力の差だと思っていて、オタクでも積極的に遠征いったり推しと繋がろうとするやつと、家で引きこもって悪態ついてるやつには明確な差がある
地方だと積極性がないとコミュニティにも属せないし行動範囲狭すぎたらスーパーにも行けず生きていけないので積極的にならざるを得ないと思う。逆に都会だと同調圧力が強く出る杭は打たれるので必然的におとなしくなる
コミュニティが異なると価値観が異なる。だからマッチングアプリは実は合理的ではないのでは、と感じている
今Xでしょっちゅうフェミニストとミソジニーが争っているのを見るが、あれは地方の男(家父長制・男尊女卑)と都会の女(社会進出・男女同権)が価値観の違いで戦っているように見える
※自分に聞こえる声を他人が聞いてる声自体の一致はもう端から諦めてる。
というか俺の声って俺が想像してるよりもオタクっぽいというか陰キャっぽくてキモいんだよな。
ゲームの攻略法探しててたまたまひっかかった実況動画で再生数3桁の奴みたいな喋り方してる。
ボソボソ感が凄いんだよね。
いわゆる「覇気がない」系の声なんだけど、最大の問題は一部の声が途中で途切れて力尽きていること。
つまり、自分の中でだけ反響する骨伝導音に乗りやすい音だから自分にとってはちゃんと声が出てるけど、他人に聞こえる部分の空気振動音だけだと全然その音を成立させるのにパーツが足りてない音がいくつかある状態。
脳内イメージではこの2つの音がくっついて100%になる形を目指してしまうから、結果的に一部の音の場合はパーツ不足で全然相手には伝わってない状態が起きてる感じ。
せめてこういった音だけでも脳内で最初から空気振動音だけで100%状態にして、自分的には骨伝導とセットになるから160%ぐらいになるけどそれはもう割り切るって形で声を出せるようになりたい。
最近自分の人生を振り返って絶望していたが、そもそもの原因は自分がどういう人生を生きたいのかまともに把握できずに多方面から減点法をつけているから人生がマイナス1000点に見えているかららしい。
そもそもそのどういう人生を生きたいのかが子供の頃に持っていた夢を基準にしているっぽい。
つまり俺はサッカー選手になりたかったし、ヒーローになりたかったし、ゲーム名人になりたくて、アイドル、博士、開発者、パイロット、料理人、その他もろもろのありきたりな夢を夢見てそしてそのうちの1つを叶えて普通のサラリーマンになった。
つまり俺は迷子になっていると思い込んでいるだけで本当は目的地にいるんだと思う。
たとえるなら旅行先を選びきれずに北海道と沖縄と東京と大阪と神戸と水戸と能登と香川とアメリカとイギリスと台湾とインドとその他諸々のあちこちにいきたい気持ちを抱えたままでそのどこかにいる状態なわけだよ。
今ここにいる自分も別に悪くないと割り切ればいいだけなのにいつも考えているのは「そもそも俺が目指すべきはもっと別の場所だったんじゃないのか?」という減点方式の思い込みでしかねえんだろうな。
それもこれも今時分の現状をどう思うかではなく、子供の頃の自分から見て今の自分が満たされているかどうかだってわけだよ。
どうせどんな生き方を選んだって「陰キャっぽい」「陽キャっぽい」「社会の役に立ってなさそう」「クリエイティブじゃない」「支離滅裂すぎる」「縁の下の力持ちが一番えらいのに」とアレコレ理屈をつけてそれを見下げ果てる自分がどっかに出てくるんだろうから気にするだけ無駄なのに。
ずっと格ゲー勢でミルダム(笑)時代からプロゲーマーの配信を追っていた。
スト6を契機にプロゲーマーがVtuberにコーチングする企画が増えてきて
これまでまったくかかわりがなかったそっち界隈の配信者を知るようになった。
アニメ声で媚び振りまいてるような商売だと思ってたんだけど、なんか思ってたのと違った。
こう、なんていうか、陰キャ声のおっさんとそのへんのオバサンみたいな声の人ばっかりで驚いた。
見た目がゴリゴリのアニメキャラみたいだったからもっと声優さんみたいな声かと思ったのに
その辺のストリーマーのおばさんとかとあんま声変わんないんだね。
反応とかも古のもこうとかそういうチンパンジー系配信者とそんなかわんないし、
なんか勝手に裏切られた気分。
どうせ、明らかにまとめブログで暴れてる奴らが、「萌え豚がー」「美少女動物園がー」と叩きまくってたのに、「私たちがまとめブログや2chで行った誹謗中傷は、全て萌え豚の仕業! だから萌え豚は叩かれてる自業自得!」で通じた言い訳をいまだに利用してるんだろけど。
腐女子叩きに偽装したスレでは「私たち腐女子は萌え豚に差別されてるー!」で埋め尽くされ、ただ被害者ぶりながら一方的に男オタ叩きしてるだけなのに、誰も疑問にさえ思わない。
というのも、どう考えてもこいつら腐女子だろってみんなが気付き始めたタイミングに、「2chの男女比は7対3で男の方が多い」とかひろゆきとかが言い出したから、男の方がやってる確率が高いってされた。
実際は、そんな誹謗中傷してるのは、全体の一割未満のノイジーマイノリティだったから、全て3割の女(実際はほぼ4割)の仕業だったとしても、何一つ矛盾はしなかったんだけど。
むしろ少数派の方が怪しいとさえ言えたのにな。
でもそれから、ネットの書き込みは全て男とかいう風潮になり、どんなメチャクチャな男叩きも男ってことになってるのは、こんな弱者男性叩きさえ、男の仕業ってされてるのを見ても分かるわな。
そして、マスゴミやテレビアニメ業界は、それからフェミ腐女子に露骨に媚びるようになって、イケメン動物園ばっかになって、こいつらは暴れれば暴れるほど良いと増長しまくった。
初めて増田を書く。
反応が来るかはわからないが、読んでくれる方がいれば、ありがとう。
余り詳しくは書かないが、端折ると、子供の頃から、家族(続柄や家族構成は伏せるが片親ではない)に何か言うと、「嫌なら出ていけ!」しか言われず、当然中高生が出ていけるはずもなく、実家にいること自体がストレスだったが、高校(高校に行かせてもらえているではないかという反論については、公立だし、現実的にその年で実家を出るのは無理だし、今時施設でも高校くらいは行かせるのだから、仮に高校すら行かせないのならば、施設以下の家庭ということで、施設に行っていたと思う。)卒業以降は家を出て、紆余曲折を経て、今は自力で生きており、成人以降のお金に関してはほとんど(基本的には自力だが些細なものも入れると厳密には0ではないため)自分で出してきた。
それだけでなく、下のきょうだいの学費(高校卒業以降の学校)等も負担して(これは自分の意志だが他の家族が頼りないのもある。返してもらう約束というかきょうだい本人の望みもあって借用書は作った。)、無事に就職・成人した。
実家には全く帰っていないわけではなく、一般的な頻度では帰っている部類に入るのかもしれない。
しかし、帰ってもストレスをためずに帰れたことがほぼないし、理由も住んでいたところが閉まるか、用事があるからがほとんどで、自分の意志で帰ったことは皆無だと思う。
一部の家族とは交流も連絡もしていたが、間違っても実家に帰ろうとは思わなかった。
不幸な自分自慢をする気は毛頭ないが、機能不全家族ではあると思う。
そのような最中、比較的連絡も取っていた家族(きょうだいではない。家族の中できょうだいだけは好き。)が、第三者に迷惑をかけるようなことをした。
正直自分は知らなかった上に、他の家族は知っていたのに対処していなかったのを知った。
とりあえずできることはしているし、本人の話も聞くつもりではいるし、正直自分が悪いとは思わないが、自分の人生はどこまでも彼らの尻拭いなのかもしれない。
そう言えば、出していないが、助けてくれという名のタカり(返す気のない貸してほしいですらなく無期限に援助してくれという意味だと思う。)もされた。
タカられた後に半狂乱になってしまい、すぐに帰って有耶無耶になった。
ちなみに、「嫌なら出ていけ!」と叫ぶのも、第三者に迷惑がかかることをしたのも、申し訳のなさの欠片もないくらい当然のような顔で援助を頼んできたのも、全員別の続柄だ。
陰キャ、友人なし、恋人なしの負の役満三重苦ではあるが、自分の食い扶持は自分で保ち、人様の迷惑にならないということはしてきた。
逆に言えば、仮にそのような存在がいても確実に負の影響を与えてしまうだろうし、正直いても意味がないと思ってしまうからなのもある。
血縁もない、仕事関係でもない人間との交流する意味もわからないし、他者は自分を癒やすために存在しているわけでもなく、その逆もしかりだからだ。
それこそ、友人や恋人が無意味ならば、「結婚」によって救われないのかという意見もありそうだが、もっと理解不能だ。
場合によっては余計に問題が増えそうだし、その「他者」と法的な契約を交わすのは、単純な交流よりも遥かに恐ろしい。
そして最終的に「結婚」は「子供のための制度」であるという本質にリフレインするのだが、そこは単純に自分の家族うんぬんはさしおいて、そこを逃げる場所にしたくないという思いがある。
少なくともそこを理解せずに逃げる場所としてしまうから、虐待というか毒親気質は連鎖しがちなのかなとも思う。
(ちなみに反出生主義者ではない。)
正直「なぜお金を払ってまで自分が…。」という気持ちもあるのと、具体的に何がどう救われるかもわからないからだ。
大切なのは現実的に起こった事柄に対するできる限りの対処とお金でしかないと思っているのもある。
自分の人生を他責で責任転嫁する気は毛頭ないが、親ガチャの本質は遺伝子や文化資本もそうだが、「自分のせいではないことでも悪い形で影響を受けることがある」「場合によってはその尻拭いもすることになる」だと思う。
出ていけと言ってきたくせに、将来彼らはそれを理由に自分に寄生してくるのではないかと。
身体的な虐待をされたわけでもない、扶養義務は果たされた、現時点では何も援助していない。
今のところ目に見える問題点はなく、人によっては自分が反抗期の延長に見えるのかもしれない。
反出生主義者ではないが、少なくとも子供に対して「自分たちが望んで作った」あるいは「自分たちの行為でできた」くらいはわかっていれば、少なくとも自分の家族のようにはならないと思う。
タイトルの通りだが、スポーツ系の社会人サークルに入って感じたことを率直に記載していく。
・男女問わず楽しめる
・道具代は数あるスポーツの中ではちょっとかかるくらい(ゴルフよりはかからない)
・ チームで取り組むことが多い
といったところ。
色々なところに顔を出すようになって3年ほどが経過した。
もしかしたら自分の記載内容は人によっては不快に思われるかもしれない。
でも人によっては「ほーん、そんな世界もあるのか」と感じて貰えると思うし、自分も新鮮な気分を現在進行形で味わっている。
先に補足しておくが、サークルメンバーに対して上から目線で接したりバカにしたりという態度は表面上一切出さないようにしている。
ただ、自分のこれまで生きてきた世界とのギャップに少なからずショックを受けたため、はてなにだけ、こっそりと投稿させていただきたい。
どこにでもある地方国立大の院卒。理学系の専攻で、現在は日系大手メーカーに勤めるエンジニア。住んでるところは北関東とだけ。
年収は800万円+α。ポイ活、持ち株、NISA、副業等そこそこ嗜んでおり、それらも含めた総収入は900万くらいになる。
31歳既婚で、学生時代から付き合ってる彼女と順当にゴールイン。そのためサークルには出会いを一切求めていなかった。むしろ男友達ができると嬉しいくらい。
件のスポーツは中学、高校と経験しており、地方大会で入賞できるかどうかくらいのレベル。当時はゲームの方が100倍楽しかったのであまり真剣に取り組んではいなかった。
サークル内での序列は平均して中堅の中でも中堅どころで、サークル参加は月3回ほど(+プレーの反省や自主練)。
これでも少しずつ実力が伸びている、らしい。自分ではよくわからない。
とはいえ実業団の方や名門校の高校生、社会人になってもなおそのスポーツを人生の重きに置いてる人間には到底敵わない。
自分は運動不足の解消を一番の目的としてスポーツをしている。スポーツはジムよりも金がかからず、筋トレやランニングより楽しい。趣味と実益を兼ねる楽しいスポーツと言う認識。
理系学生よろしくコミュ障のため、サークルメンバーとサークル活動以外で絡むことはさほど多くない。でも、関わったサークルや仲良くなった人とは細く長く付き合っていければいいな、と思っている。
【サークルについて】
どこも同じようなものだと思うが、実力や人数など、多種多様なサークルが自分の生活圏内に点在している感じ。
自分は3つくらいのサークルをそれぞれ月1くらいのペースで参加している。
大会とか積極的に参加するような自信をお持ちの人がいるところにノコノコ乗り込んでいくことが多い。で、勝ったり負けたり。
大体毎週1回~2回ほど開催しており、参加費は数百円ほど。一回の時間は2時間~5時間くらいだけど、ほどよく全身に筋肉痛を感じる、本当に良いスポーツだと思う。
【感じたことまとめ】
まあわかっていたことなんだけど、世の中って学歴的な意味では俺より低い人が大半なんだな、ということを身を以て実感した。
俺は自分自身をさほど頭の良い人間とは思っていない。そもそも地方国立大だし、研究の世界から早々にドロップアウトして、民間に逃げることが前提の大学生活だったし。
ただ、受験勉強という競技においてそこそこの成績を収めただけ。ついでに言うと就職に関してもやることやって順当に収めた進路であり、血の滲むような努力を日々続けてきたわけではない。
ただまあ、人生の要所要所で大きく道を外さなかった自負はある。
でも。こうして社会人サークルの中に入ると俺よりも頭のいい人、収入を多く稼いでいる人が少ないというかほとんどいない。これには少なからず驚きを覚えた。
高卒でも自営業やフリーランスで高給取り、みたいな人が社会にたくさんいるもんだと思っていたが、今まで見たことがない。サークルに来ないだけなのかもしれないけどね。
大多数は工場の製造現場、介護、飲食、事務、医療系専門職それと公務員。
今後記載していく内容はこの低収入、低学歴の方々の生態をまとめたものと思って貰っておおむね差し支えない。
自分が関わってきた中では、教員の自己&他己評価が意味不明なほど高い。優秀と思われそうな職業の筆頭だからだろうか。
自分に自信があるのは良いことだが、視野が狭いんだなあ、と不思議な気持ちで彼らを見ていた。
つい最近、小学校教師の方に年収を聞かれた。彼は38歳だったため、咄嗟に彼の年収を予測し、それより少し低めの年収を答えた。
この判断は今にしても間違いでなかったと思う。彼はあからさまに安堵していた様子だった。
「そすか、俺と同じくらいなんすね笑」とにこやかに言われた。こいつ…教員採用試験に落ち続けて講師を長くやっていたと聞いていたが、そんくらいしか稼いでなかったのか。
教員は残業も多く、成り手が年々減少していると聞いている。もう少し給与体系を考えてあげてほしい。
そして願わくば、もっと質の高い教員を増やして欲しい。俺はあんなプライドだけのクソバカ共に自分の子供を任せたくは無い。
自分が勤めている会社は別にエンジニア部隊でなくとも既婚者が大半を占める。仕事に人生のリソースをほとんどつぎ込む職人気質な方々を除き、大半が結婚している。これが普通なんだと勝手に思っていた。
だが、スポーツサークルにはスポーツしか能の無い独身共がゾンビのように蠢いている。
俺みたいな既婚男性は歯牙にもかけない。既婚女性、独身オバサン辺りも同様で、若い女性とばかりコミュニケーションを取りたがる。
ねじ曲がったコミュニケーションの仕方が自分の立ち位置を狭めることに独身の彼らは気付いていない。
そうしてサークル内に「勝手な連絡先の交換禁止」や、「女性に声かけすぎたため除籍」など、様々な問題が発生する。
俺自身、陰キャだし、女性との接し方がわからず飢える気持ちはすごくわかる。
だからこそ、昔から付き合ってきた彼女はを大事にしてこれたし、そもそもそれ以前に学生時代にきちんと恋愛経験を積まんと努力した事があった。
タイミングと方向性が間違っていることを彼らは学ぶべき・・・と俺は思うが、彼らの学習能力を見ているとなんとも言えない。
・金遣い粗すぎ問題
これも彼らを見て率直に思ったこと。単純に俺よりも金をかけたがる人が多いと感じた。
風俗、スマホゲーへの廃課金、スパチャ、ギャンブル、タバコ、飲み代・・・とにかく何でも良いので金を浪費している感じ。やはり自分が生きてきたコミュニティとは何か差のようなものを感じてしまうのだ。
車をローンや残価設定で買う人も多い。なのにNISAやふるさと納税はやってないみたい。何か事情があるのだろうと勝手に思っていたが、そういう訳でも無さそうだ。ただ概念にないだけ。
ここまで読んで見て、 「大学生みたいだ」と思った人、いるのではないか。大学生のほとんどが経験する通過儀礼を経ずに社会に放り出され、年食った大学生みたいな奴のなんと多いことか。
また、スポーツ用品にやたらお金をかける人もいっぱいいる。彼らは道具に対して愛着を持っていたり、こだわりを持っている訳ではない。
道具のせいにしたり、中にはキレて破壊する人間もいるのだから驚きだ。
ちなみに自分はRPGで言うところの初期装備に近く、それを昔から大事に大事に使ってる。
自身の肉体と知識を高める方が長期的に見て人生によって有益だと自分は思っている。それと同時に目先の結果だけに囚われるべきではない、と。
スポーツに限らず、仕事でも勉強でも、何か実力を身に付けたい場合、投下時間は大事な要素だと思う。
そして学び方も非常に大事だと俺は思っている。
これは例のスポーツも同様。うまくなりたいのなら、自分のプレーで悪かったところ、良いところを振り返り、今後どんな練習をするべきか考え、実践する必要がある。
だが、彼らは投下時間のみ重要視している印象を受ける。ただ試合して、負けて、それで終わり。
だから実力が伸びない。負けた理由が腑に落ちず、イライラする。道具を破壊したり、他人に対して当たりがキツくなる。女性はよく泣き出す。で、お●んぽボローンな方々に慰めてもらう。
ぶっちゃけ、俺は彼らよりも仕事が忙しいし、就業時間外でやりたいこともたくさんある。だからサークルに参加したときはできるだけ自主練に励み、できるだけ多く試合に参加する。
でも彼らは「疲れた、休みたい」を連呼し、休憩中はタバコやスマホいじりをしている人が本当に多い。人生を無駄にしていると思わざるを得ない。
そもそも、マネタイズできる訳でもないスポーツにそこまで入れ込んで、イライラしているというのがいまいちよくわからない。
勝ち負けを楽しむギャンブルみたいな気分で取り組んでいるのだろうか。
ついでに言うと、本を読む人、仕事のために一生懸命勉強をするなんて話も聞いたことがない。
「日本人は勉強しない」なんて言う話を時たまネットの世界で見かけるが、そもそも勉強する必要性が無い仕事や境遇を持つ人々で溢れているがゆえの必然なんじゃないかと思う。
感情的になる人は以下に分類されるが、一歩引いたところから傍観してると面白味さえ感じてしまう。
ただ、自分に被害が及ぶと面倒なので、キレてる奴がいたらそっと離れるようにしている。そうすることで自分はサークルを細く長く続けられていると思う。
②実力がプライドに追いついておらず、自分の思うようにプレーができなくてキレるタイプ
③無駄に煽る奴(こいつも大概だが)に対してガチギレするタイプ
うまく表現できないんだけど、何か嫌なことがあったとき、「キレる」があまりにも近くにある人が多い気がする。手前に「我慢」があるでしょ?普通はさ。
アンガーマネジメント、アサーション。社会人になったら自然と学ぶものと思っていたが、意外とそうでもないらしい。
・でも楽しそうな人が多い
オチになるけど、彼らって別に自分自身に絶望している訳じゃないんだよね。
ただ彼らの収入に見合った生活をして、彼らなりの楽しみを日々感じて生きている。
あと残業も俺と比べて少ない人が多い。年齢によらず実家暮らしの人も多い。無駄に使える金と時間を好きに浪費するのもまた人生。勝手ながら、そんな選択肢を学ばせてくれた彼らに小さく感謝をしている。
キレ散らかしてサークルを去ってしまうような人も結構いるけど、サークル以外の場で話してみると結構普通。低学歴だろうと、低収入だろうと。
だから彼らとの差を随所に感じつつも、それなりにフラットに接することができている。「こういう人もいるよね」っていう社会勉強みたいな気持ちで日々サークルに参加しており、それを一種の娯楽に感じることができている。
この絵文字に男性差別やラディフェミじみたことを言わせたりすれば、あっという間にアンチフェミの為の仮想敵たる藁人形の出来上がり。
🤓←気に食わないオタクやぱっとしない人間に対し、一括りに「チー牛」「陰キャ」「弱者男性」の属性をつけるためによく使われる。
🤓「チー!お前だって我々を藁人形にしてるチー!クソマンコと変わらないチー!」
👩「私達は男が嫌いなので差別してる自覚はありますが、そちらもこのチー牛と私を『叩いてもいいストローマン』にしてますよね?」
🥹、🥺←メンヘラ、自分こそが一番と思い込んでる女、あとは自分が偉いと思ってるセックスワーカー女がよく使う。
これつけて自分こそ優先されるべきとか男キモいとか言ってたら役満。
男がキモいなら、男に媚びる服や男に股開く仕事をやめたら良いのに。
この絵文字に男性差別やラディフェミじみたことを言わせたりすれば、あっという間にアンチフェミの為の仮想敵たる藁人形の出来上がり。
🤓←気に食わないオタクやぱっとしない人間に対し、一括りに「チー牛」「陰キャ」「弱者男性」の属性をつけるためによく使われる。
これに性犯罪者じみた事や、一部のおかしいオタクの奇行や理論を言わせたら手軽にオタク叩き用の藁人形の出来上がり。
人の属性決めつけて馬鹿にするのはさぞかし気持ちいいだろうね。
🤤←大して美味くもねぇステマだらけの飯をステマするような奴が使う。
こういうのをつけてる輩の勧める飯は不味いか高いだけ。
舌より金を選んだ心の貧しいゴミども。
💢、❗←何かに対して常に怒り続けてる、偏った思想のやつがよく使う。
大抵ネトウヨやパヨクのような左右のどっちかに傾いた暴言政治垢や、変な陰謀論とか信じ込んでる糖質か、反ワク反マスク辺りがこれつけて怒り散らしてる。
お前の低スペ脳みそに5Gの電波は入らねえし、お前の望む政治は一生行われねえよ。
大抵クソリプとか引用RTで煽ったり暴言吐いたりするような捨て垢御用達。
2chでもなんJとかいう人格最悪のゴミ溜めの奴らが人を嘲る時に使う。
ふだん漫画読まないし全然漫画知ってると思わないけど、それでもこれは漫画のテーマになってなさそうだなって概念がいくつかある
たとえばひよこ雄雌鑑別師はネットなどであんだけネタにされた以上一つ二つは漫画になっててもおかしくなさそうだが、
ドローンは、ありそうでなさそうで、結局ありそう。誰かさんも「プロ大会があるようなスポーツで漫画化してないものはないだろう」って言ってたので
でも「ボッチャ」は、bookliveで検索したかぎりではなかったなあ。
奥さんのためという美談で、ウィル・スミスの暴行を肯定し、「世界の方が遅れてる!(キリッ」
女性への言葉の暴力だけ許さんとか喚きながら、男性差別のあらゆる暴言は大好きブーメラン。
もちろん、いろんなMetooやフェミ炎上でも、常にフェミ側に味方し、またまた都合よく「日本は遅れてるー!」
もちろん毎回、「女キャラ脱がせるなー! 性的まなざしがー!」という要求を忘れることはない。
これ言いたいために叩いてるだけで、実際の性犯罪は、むしろ増えた方が良いと思って助長させようと狙う。
「チー牛陰キャは女に話しかけるなー! セクハラー!」と言ってるのも、単に彼女作らせずに性犯罪犯させたいためだ。
犯させれば、また男叩きする口実になるから。
男オタや美少女動物園を叩きまくるくせに、腐女子やイケメン動物園がが叩かれると発狂。
自分らチー牛ブス腐女子が叩かれる時だけ、都合よくルッキズムがー!
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2359685
どいつもこいつもチー牛という言葉は差別なんだ、見た目について言うのは差別なんだ、とにかく差別なんだ、とグチグチ言ってるけどさあ。
要するに、チー牛っていう言葉は「こいつの見た目、なんか嫌だな」という意思表示だろ。
顔やら体型やら肌の色やら、生まれつきどうしようもない部分について言うなら差別だろうけど、それだけじゃないじゃん。
髪型・眉毛・ヒゲ・服・靴・バッグみたいな、本人の意思である程度コントロールできる部分に関しては妥当だろ。
当然、チー牛の人達も悪気があってやってるわけではないんだろう。
たぶん、見た目について何も考えずに生きてきたから結果的にそうなってしまっているだけだろうから。
でも、悪気の有無なんて関係ないんだよ。
例えば、学校で無神経な陽キャが陰キャを体育会系の部活ノリでイジっていたら、その陰キャはそれをいじめだと認識してしまいました、とする。
この場合、陽キャは悪気なく何も考えずやっただけなので悪くないです、それをいじめだと思い込んで嫌がった陰キャが悪いです、とはならないだろ?
考えなしにやったことが周囲の顰蹙を買うなんてありふれた話なんだから、人が自分の行動を嫌がった時点で一度立ち止まって考え直さなきゃいけない。
「見た目ごとき」に意味なんてないと根拠なく信じ込んでいるから。
人の怒りのツボなんてどこにあるかわからないんだから、ごときなんて言っちゃ駄目なんだよ。
「何も考えずに適当にやったことが嫌がられてる!嫌がる方が悪い!差別!」って、もう滅茶苦茶だろ。
「人の見た目についてああだこうだと言ってはいけない」という社会規範は確かにあるんだろう。
でも、それと同時に「人が嫌がることはしてはいけない」という社会規範もあるんだよ。
それらが対立している状況で、自分にとって都合の悪い後者を無視して都合の良い前者だけを主張している。
だから、チー牛ってのは他人の価値観をロクに考えもせずとことん軽んじてしまう人。
自分が今まで考えてこなかったことに意味があるわけがない、自分と違う価値観は間違っているに違いないと根拠なく考えている。
その考え方自体が差別丸出しなんだけど、何も考えてないから気付かないんだよな。
自分はそういう人間だと言葉ではなく全身を使って表現している状態で、そんなもんが人から嫌われるのなんて当たり前じゃん。
見た目ってなんだろう、チー牛ってなんだろう、キモいってなんだろう、清潔感ってなんだろう、全部ちゃんと自分なりに考えろよ。