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はてなキーワード: 理論とは

2024-05-13

観光地ゴミに困ってるなら持ち帰りのメシ売るな理論

反論ってなんだろう?

ゴミ袋もってきてもらうつもりだからみたいな感じかね?

anond:20240513095149

そもそも変換候補が100個あってその97個目に載ってるって言われても9割以上の奴は絶対そこにまで見ないし、仮に見てても見落とす可能性の方が高いんだから変換候補に入ってるからセーフ理論もよくわからんけどな

anond:20240513013111

こういうところが文系理論の頭の悪さを開陳してるよね

そもそも経済というのは数理理論説明がつく部分が多く、客観的にこうだと言えなければならない

それを、政局争いの観点で話すから政治厨は脳障害と言われる

2024-05-12

anond:20240512220012

ヤクザ理論?なんのことだ。ヤクザ論理なんか知らんぞ。

自分になにかしてくれる人に、いい加減な態度をとっていいのかっつうだけの話なんだけど。

健康提供する約束契約なんかしてないんだってば。ゆえに医師患者健康にする義務はない。健康になるのは患者自身努力によるものだし、医師医療にできるのはその手伝いや方向づけだけだ。

納得できないなら説明を求めるか、別の病院行くか、自力でなんとかしてくれよという話

反例を挙げるということが理解できないバカ

 あなたは「Aという、何の根拠もなく、なんとなく『それっぽい』というだけの理由で広く信じられている話」を否定しようとする。

 Aのような、何の根拠もないのにみんなが信じているやっかいな作り話はネット上にそれこそ雨後の筍のように溢れている。今日も今もこの瞬間も生まれ続けている。

 こういうもの否定しようとしたときに、あなたはいつも困難を感じる。

 

否定する根拠」の矛盾

 それは何故かというと、Aという「何の根拠もない話」を「否定するための根拠」を挙げなければ、人は一度信じた話を疑うということが出来ないからだ。

 相手がある程度論理的人間だったらまだマシだ。「Aだったらこういう矛盾がある」という、論理学でいう「反例」をひとつ挙げれば十分だからだ。

 実際には、それでも「無闇に信じるのではなく疑いを持って見る」という程度にしか相手を変えることができない方が多いかも知れない。

 非常に聡明人間をしても、「そもそも根拠なく信じていたこと」に「全く根拠がないのだから完全にデマだと思って見る」というほどの信条の変化を起こすのは困難なことなである

 

バカは反例が理解できない

 更に悪い場合相手が「反例」という概念理解できない。ある理論矛盾することを示す例が一つあれば、その理論のもの机上の空論であり、なんの信頼性もないものであるということが証明できるという、論理学常識がない。

 のみならず、自分が何の根拠もなく信じていることを否定する話にこそ、100%の、何の瑕疵もない証明が要るとすら考える。

 「Aが矛盾する」ことを示すために「Bという可能性もある」というような話をすると、「Bが正しいという証明をせよ」と迫る。こちらが言いたいことは「Bと同じ程度、あるいはそれ以下にしかAの信頼性もない」というくらいのことなのに、そういう微妙理屈バカには通じない。

 一度Aという理論を「なんとなく」の雰囲気ででも信じてしまったら、100%絶対信頼性を持ってBという別のストーリー証明しない限り、思い込み絶対に変えないことが、そういう奴らには「賢くて疑い深い」とすら自己認識されているのだ。

 

デマを信じながらデマに騙されないと意気がるバカ

 デマが広がる理由衆愚衆愚たる理由はひとえにここにあると言っても良いくらい、これは根源的で如何ともし難い愚民社会の病巣だ。

 頭が悪いということは、「反例が理解できない」ということ。「証明」という概念に対して、狭く幼いイメージしか持たないこと。

 知性というものに対して低いレベル理解しかしていないからこそ、バカ自分バカだと気づかず、いつまでもバカのままでいる。

 自分が何を信じているのかを客観視出来ないバカは、自分が何を疑えているのかも正確に理解することができない。

 デマにハマっている奴ほど相手デマ呼ばわりするというのは、つまりこういうことなである

 

働きながら毎日料理する30代夫が、料理をする魅力を語る

私は今32歳で、子供は1歳3ヵ月。妻は専業主婦をしている。

料理基本的に私の担当だ。妻は子供離乳食だけ作る。

今は旦那さんが料理することも多いのだろうが、仕事をしながら毎食しっかり作っている、という話をすると、驚かれることが多い。

と言うことは、こういう生活スタイルは、まだあまり一般的だとは言えないのだろう。

自分料理担当して、3~4年くらいになる。

元はというと、(無自覚だったけれど)自分はかなり食にうるさい方だったらしく、

おいしくないもの我慢できない。それがプレッシャーになる、ということで、自分料理をするようになった。

ただ料理(食事)が好きなだけじゃん、と言えばそれまでなのだが、

別に元々自炊する習慣がついていたわけではない。学生時代や、社会人生活最初の方は、かなり適当食生活をしていた。

必要になってやり始めて、だんだん面白くなってきたのだ。

から、今回の話は、必ずしも生まれつき料理好きな人にだけ当てはまる、というわけではない、と思う。

自分料理をする上で、最もいいな、メリットだな、と思っている点は、

家での料理が、「一石多鳥」である、ということだ。

自分そもそも合理的な行動が非常に好きなので、料理という一つの動作で多くのメリットを同時に実現していることを思うと、それだけで嬉しくなる。

自分料理をすることのメリットは何か? 挙げていけば、下記のようになる。

節約になる。

健康になる。

③好きなものが食べられる。

④食への理解が深まり、味覚をより探求できる。

趣味としてのリラクゼーションになる。

仕事でのタスク遂行能力が上がる。

⑦妻に喜ばれる

以下、順番に説明する。

節約になる。

これは言わずもがな、だ。一部には、「自炊お金がかかる」と言っている人もいるようだが、そんなわけはない。

短期的に見れば、確かに一定の初期投資必要かもしれないが、一旦ルーチンが確立してしまえば、中長期的なコストはどう計算しても自炊の方がやすい。わざわざ計算式で表現するのが馬鹿らしいほどだと思う。

料理器具などについての議論は一旦おいておくとして、ぜひ注目してほしいのは、「保存の効く食材について」だ。

ある程度料理をするようになるとわかるが、案外、日常的な料理日本人使用する食材調味料レパートリーは限られている。

また、そのレパートリーを大別すると、

(a)生鮮食品のように足が早いもの・・・肉、魚、卵、葉物野菜牛乳ヨーグルト、など。

(b)ある程度日持ちのするもの・・・玉ねぎジャガイモにんじんねぎにんにく生姜昆布鰹節味噌醤油、酒、ワイン蜂蜜、塩、砂糖コショウ、その他種々の調味料、など。

となる。

ポイントは、(b)に分類される、日持ちのする食材のうち、特に根菜類を、例えばイオン場合であれば火曜市などの安価に入手できる日に、

常に一定数以上確保しておくようにすることだ。

(b)の分類の食材が常に冷蔵庫ストックされており、調味料なども揃っていれば、

あとはその日の気分次第で、適当に(a)分類の生鮮食品と組み合わせて調理する。

肉類も、日によって、この日は豚ロースが安い、この日は鮭が、などと変わっていくので、

特別なこだわりがなければ、こうした特売に合わせて食材をチョイスすると、より割安に材料調達できる。

こうした方式を導入すれば、仮に一人暮らしだったとしても、食材無駄にせず、常にジャストな分量の食事を、最も安い価格で実現することができるはずだ。

健康になる。

これについては、妻の嗜好をかなり取り入れたところがある。今となっては、むしろ出来合の食事を食べることがかなりストレスになってしまい、一食でもコンビニ食などで済ませるのは、非常に嫌になった。

野菜を取りやすい、というのは当然そうだ。

しろ調理済みの惣菜や、飲食店食事で、一日に必要野菜摂取量を十分に確保することは難しい。

また、これは料理をするようになって気づいたことだが、

調理済みの食品には、大抵の場合、多くの食品添加物使用されている。

昔は食品添加物など「そんなシャラ臭いこと気にしてられるか」という印象だったが、今はほとんど全ての買い物で、食品成分表示確認するようになった。

具体的に、何は取るべきではなく、何は取ってもいい、という情報はあまりにも細かな話になってしまうし、自分自身でも完全に把握できているわけではないので、立ち入らない。

が、実際にコンビニスーパーなどで普通に販売されている食材の中にも、専門的な見地から見て十分に安全とは言えない添加物が多数使用されているようだし、

加工食品をあまり摂取しない生活の方が、(少なくとも主観的には)体調がいい状態で日々を送れているように感じる。

また、砂糖や油などの、体調への影響度が大きい成分についても、

自炊をする中で、それぞれの分量や性質自分の体調に与える影響の度合いを、実経験観測していくことができる。

こうしたPDCA自炊をしていると自然と回るようになるので、自然ダイエットにもなり、体調管理もつながっていると思う。

③好きなものが食べられる

これも当たり前と言えば当たり前だが、自炊による料理のおいしさ、という点では、個人的にはYoutube以前と以後で、自炊を巡る状況は大きく変わっている、と思うのだが、どうだろうか。

コロナ以前の、あまりYoutube上での料理動画が充実していなかった頃は、ホットクックを見るか、料理本を見て作るか、くらいが基本的選択肢だった。

ホットクックは玉石混淆だし、料理本は色々試すにはハードルが高く、またレシピ通りに作っても必ず美味しくなるわけではない。

また、いずれの場合でも、レシピだけを見て作っていると、料理の背景に、ベースとなる基礎があることが理解しにくかった。

その点、例えば食材の切り方一つ、食材の投入タイミング一つでも、動画で示されれば、そこで用いられているテクニックは一目瞭然だ。

また、「これは本当にすごいな」という、作って感動するレシピがかなりたくさんあるのもYoutube料理動画凄さだと思う。

誰の料理が好きかは好みが分かれるところだろう。個人的には、コウケンテツさんは、このジャンルでは本当の天才だと思う。ほとんど全てのレシピ動画に、味という観点だけでなく、作りやすさ、シンプルさ、という観点からも、驚くような工夫が凝らされている。毎回非常にクオリティが高いのに、ありふれていない。単純に仕事として憧れるところがある。

Youtubeがあることは、今から自炊を始めることの大きな理由の一つになるのではないか

④食への理解が深まり、味覚をより探求できる。

上記のように、Youtube動画ちゃんレシピ工程確認しながら多くの料理経験していくことで、料理全般を下支えするセオリー体感にわかるようになってくる。

例えば、

 ・料理において、塩はどのような役割を持っているか

 ・どのようにして旨味を構成するか?

 ・〇〇の食材には、どのような調理法が、なぜ合うのか?

 ・〇〇の食材は、季節によって味がどう変化するか、いつが美味しいのか?

 ・なぜこの順序で食材を投入するのか?

 ・この食材で風味づけする意味は何か?

など、無数に論点がある。

もちろん、素人なので、こういう事柄について体系的にわかっているわけではないが、それでもかなり感得できるところがあるのは確かだ。

このことによって、例えば外食に行った場合も、

「なぜこのような料理の仕方になっているのか」「この料理のうち、何がユニークなのか?」「なぜこれが美味しいのか?」などを考える上で、それを言語化し、考えるためのヒントが自分の中で非常に多くなる。

また、それに対する考察が、日常料理にもフィードバックされるために、自分家族の食の経験がより豊かなものになっていく。

これは、とても創造的で、面白い頭の使い方だと思う。食をよく楽しむと、「ああ、人生を豊かに楽しんでいるな」という気に、ふとなる瞬間がたくさんある。

趣味としてのリラクゼーションになる。

これも、個人的にそう感じる、というレベルのことに過ぎないかもしれないが、料理食材は、「人間自然との強力な接点の一つ」だ。

この前たまたま流れてきた動画の中で、養老孟司さんが、

サラリーマン一年のうち3ヶ月は田舎に行って農作業をするべきだ」

というようなことを言っていた。

これは、人間は(人間以外の)自然に触れることで、人としての自然なあり様を取り戻せる、などというような話の文脈で言っていることのようだったが、

やはり現実的にはこれはなかなか難しい。

一方で、都会に暮らしていると、自然に触れることによって自分の心身が整えられる感覚があるのも、自分としては実感するところだ。

料理は、一つの自然である、と考えることもできる。

例えば、食材を茹でている鍋の中で、いろいろな食材の色を眺めていると、何となく癒されるものがある。

また、料理をすれば、その色彩を眺めるだけでなく、実際に手で触れ、匂いを嗅ぎ、それを味わう、という、五感総合的に用いたプロセスを、自然経験する。

これが、日常生活を生きる上での、癒しになっている面は非常にあると思う。これは、例えば電子機器などが介在するような趣味とは、少し異なる位置づけの趣味として考える必要がある。

仕事でのタスク遂行能力が上がる。

料理は細々したタスクの積み重ねだ。日々確実に、決まった時間に、下記のような要素を十分に考慮した料理提供する必要がある。

 ・おいしさ

 ・栄養

 ・原材料費

 ・材料調達(買い出し)

 ・家族の好み(カスタマイゼーション)

 ・新規レシピの導入

 ・在庫管理

 ・洗い物の段取り

これらの左脳的なタスクも、非常に奥深いものがあり、上記を同時に達成するためには、細かなオペレーション上の工夫や、機材の導入などを適切に行なっていく必要がある。

私自身は一介の勤め人だが、上記のようなスキルは、一般経営者が求められる全般的なスキルと通ずるところがあるのではないか、と思う。実際に、経営学等における考え方を、日々の料理管理活用している部分も色々ある。

こうした事柄について改善を行うためには、個々の作業をただ行うだけではなく、全体の工程俯瞰した上で、このプロセス全体を創造的に組み替えていく必要がある。

ここまで色々語っているが、自分料理に実際に日々費やしている時間は、平均で30分程度のものだろうと思う。

このような工夫を継続的に行うことで、「涼しい顔をして高品質アウトプットを出し続ける」ような仕事の仕方を、多少なりとも身につけることができつつあるのではないか、と思っている。

⑦妻に喜ばれる

結局、これが一番大事だ。

よくある言説として、「時給に換算するとこれは〇〇円だから外注した方がいい」などというものがある。

かに資本主義原則から考えれば、原則的に自給自足は不合理であり、分業こそ正義、というのは、理論的には正しいだろう。

しかし、近頃子供も産まれ、よく考えることは、

自分がすることのうち、何を内部化し、何を外部化するか、ということは、生き方のもの規定する哲学だ」ということだ。

それこそ原理から言えば、ありとあらゆることを外注化することができる。

料理外注化すること、子育て外注化すること、(仮想的に)家族・友人を外注化すること、(パッケージ化された娯楽を楽しむという点で)趣味外注化すること。

技術が発展すれば、例えば「息をする」というようなことも外注できるだろう。

原理を考えれば、デカルト式に、「我思う」以外の事柄は、全て外注可能である、と言うことができるかもしれない。

しかし、やっぱり自分はそういうあり方には、本質的な喜びはない、と思う。

食事を作り、家族と食べる、という行為は、「息をする」のと同じカテゴリーに入る、自分に属する行為だ、と、今の自分は感じているらしい。

まあ、どこにラインを引いていくかは、人それぞれだ。それが生きる姿勢の反映ということだと思います

anond:20230423104346

東京には美術館があるから文化資本が高い」とかいガバガバ理論は散々反論されまくってるし、主張してるやつがそもそもアホっていう認識になってきてると思うのだけど、

いつまでアホ捕まえて「東京人がこんなこと言ってやがるぜ」みたいな話を続けてるんだ

anond:20240512140111

この「何者」理論ってよく聞くけど未だによくわかってない

何を持って「何者」と定義しているんだろう

有名になりたいのかな?って思ったけどそれなら「何者かになりたい」じゃなくて「有名人になりたい」だよな

何者ってなんなのか

誰か教えてくれ

5/12 午前 ジム記録

8:50自宅出発

9:05 ブックオフ 経路途中

9:12 ジム到着 柔軟開始

9:15 柔軟終了

15-32 アップライトバイク L5 15m c72 d6

32-40 チェストプレス 35*7でギブ 20*10と25*10実施して可

コンビニ休憩 タオル購入

9:50-10:00 アブドミナルベンチ 15*2 この前より多くできた 

10:02-10:10 アブドミナルトレーナー 35と40は1回がギリ

25と30なら一応10可能

10:10-10:15 レッグカール初挑戦 20*10特に負担なし

10:17-10:30 ウェイトトレーニングきつそうなのでアップライトバイク L5 c64 d5

10:33 ジム出発 母の日なので八百屋果物を買っていく 5月の旬の果物はいちご さくらんぼ びわあたり?

10:45 駅到着

10:49  お高めの果物セットを2つ買う。糖質多そうだけど2/3なら許される理論

11:00 コンビニで買い物

11:15 帰宅

anond:20240512091825

痴漢対策メリットないとかいってる男を好きになる女なんかいるわけない。まあ見てるだけでムカつくから脳内から排除して存在しない空気として扱うか、嫌いになるかのどっちか。

 

電車内で痴漢にあってるお前のことなんかどうでもいいわってのたまう男を

「キャー、ステキー」とか

理論的でスマート」とか女が思うわけねえじゃん草

anond:20240512074853

女性ゲイビアンといった異常者が語る正義なので異常以外の何物でもない

失敗作のキチガイ理論を受け入れていたらキリが無いので大正解優生思想

2024-05-11

anond:20240511225407

泥棒が出ましたけど玄関の鍵はかけないで下さい通りすがりの人は泥棒とは限らないので理論

…に思える。

諸悪の根源たる男性恐怖症を引き起こし痴漢とかを撲滅しようって話になかなかならない絶望

女性に薄っすら嫌われたくないって男性にとって自浄作用インセンティブにならないの?

どうして嫌われるのを嘆くのに嫌われないように努力しないのかが分からない。

anond:20240511134745

にわか

それはあくま一般人の話で、インスリン異常のある人は例外

今までのデータとは一線を画す増田独自理論が成立するらしいぞ

理論的には正しいが現実的ではない

給料を上げない会社は淘汰されて上げた会社けが生き残る

あるいは物価が上がれば賃金も上げざるを得ない、という理論

かに筋は通っているが、実態はそうはならない

努力して一流大学に入り、大企業入社すれば確実に幸福になると分かっていても

それが出来るのは一握りのエリートだけ

大多数のアホは正しい判断努力もできない

みんな砂鉄に騙されないようにしようね

https://twitter.com/satetu4401/status/1788854969711661464

技術屋が持ちがちな思い違いとして「断定しないことが誠実である」という良い訳だな

一連のポストがあまり的外れにも関わらず、「ほんまそれ」「耳が痛い…」みたいな反応があって、お前ら騙されるな!と思ったので書く

なお、私は仕事バックエンド開発やデータ解析を行っている者です(要するにITエンジニア)

例が不適切

かに経営者は「仕事をしたら給料を払います」と言うけど、それは労働者との契約なので断言するのは当たり前です

かに飯屋は「この新商品は美味い!」と言うけど、美味いかどうかって個人感覚によるので、実はこの発言はあまりリスクを取っていないです

どちらの誠実さもある

かに断言することが重要場合もあります

「今月中に納品します!」と断言してきっちり今月中に納品する、これは信頼に繋がります 「今月中に納品できるかもです」と言って今月中に納品するよりも心証は良い

でも、普通不織布マスクが「100%花粉を防げるマスクです!」と謳ってたらどうでしょう

法律うんぬんを一旦置いておいても、100%花粉を防げるとは考えにくいし、な〜んか胡散臭いですよね

このように、断言することが誠実さに繋がらない場合もあるわけです

そしてデータ理論に基づいて仕事をする人は、「断言しない誠実さ」を示すべきシーンによく遭遇しま

技術者がリスクテイクをしないとでも思った?

じゃぁ技術者は断言しないのか?と言うとそんなことはなく、しかるべき時にはちゃんと断言しま

PL等から「すまん!来週までの予定だったタスク、今週中に出来ないだろうか…いろいろ手を尽くしたのだが」なんて言われたら、覚悟を決めて「今週中にやります」と断言しなんとか今週中に終わらせることはあります

今週中にできる確証はないにもかかわらず、です

責任から逃れ」続けている技術者なんて少数で、場合によって使い分けてる人が多数なはずです、少なくとも弊社はそうです

.

さて、他にも有言不実行は危ないーとか調査必要工数がーとか言いたいところだけど割愛します、なぜなら一番言いたいのは↓これだから

砂鉄自身が断定で成功した人間である

そもそも、砂鉄自身が「根拠の薄い断定」をするキャラとしてフォロワーを集めた人間ですよね

自分成功した方法は人にも適用できるはず」と考えるバイアスが働いていたとしても不思議じゃないです

そうじゃなくても、「あいまい言い回し」について何かフォロワーが喜ぶ言説を言えないかな〜とインフルエンサー砂鉄として考えた時、自然とこういう論調になるでしょう

インフルエンサー自分にとって耳触りのいい考えばかりを言っている時は、自分が手のひらで踊らされている可能性を考えたいものですね

.

.

.

てなわけで、砂鉄の一連のツイートは一つの偏った考えに過ぎないので、みんなは鵜呑みにしないようにしようね!

いろんな立場意見を聞いて、上手にこの世をサバイブしていこう!

2024-05-10

車(バイク)が好きであることはなぜ叩かれないのか

今回の殺人犯が車バイクを売ったという経歴を持ってるところで車バイク好きから擁護されていることは沢山の人が知っているであろう。しかしなぜ叩かれる勢いがないのか。ここで自分語り自分は元々車が好きだった。しかし当時免許が無かった。だが車好きのコミュニティからインターネットを知っていったほど執着があった。しかしもう今はほとんど車好きをSNSフォローしていない。それも、車好きに多い田舎封建的おっさん特有保守的理論自己責任論が酷かった。例えば、ミニカー界隈では転売屋を叩くとそれに対して努力して買えと高確率で言われる。それは自己責任論で自分は気に食わなかった。他にも腐る程ある。それについて自分は繊細な感性を持つタイプアスペルガーと車好きの男らしさを持ち合わせる雰囲気ギアが合わず病んだ。本当に鬱病になった。さらに、自分の好きなインターネットであった5chなんJ嫌儲ではネトウヨが叩かれる傾向が強いが、そこと車好きの感性も合わなかった。車好きはぶっちゃけネトウヨだが誰もそれを突っ込まずいつまでもネトウヨ弱者男性ということにされている。これおかしいだろ!!!!!!!!!!!!!!!

本当に気が狂いそうだ。なぜ既得権益の塊である車界隈が...と思ったところで冷静になる。車は田舎で根強く人気があり社会の発展に今でも寄与している。そこについても考えた上で、「田舎弱者とは言えないけど保守的感覚を持った男性」を叩くムーブが来てほしい。もう自分は車の免許を取ったが運転も楽しくないし車好きは卒業したと言っていい。本当に社会の悪とは何なのか昔車について無性に調べてた自分がここまでネットに沈んでいくとは思わなかった。

anond:20240510200539

生きるだけで世間への復讐になるなんてコスパいい人生だね。

コスパがいいってことは、君の人生はあまりにも「安っぽくて投げ売りレベル」ってわけだけど。

あ、褒めてないよ。皮肉。気色悪い弱者男性のイキり見て不快なっちゃったからね。

君の理論ならこっちがこうやって言うのも許すべきだよ?

anond:20240509195934

とりあえず萌え絵広告痴漢を許容する社会を作り上げる遠因になってるみたいなクソ理論根絶する所から始めては

ドカ食い気絶と血糖値スパイクに関するすベての間違った言葉について

 増田は元々「市販ペペロンチーノソース、味が濃すぎるからパスタ二人前が丁度良い」とか言いながらドカ食い糖尿病寸前まで行っていた馬鹿デブである

 齢30を過ぎ、尿に変な泡が立ち始めていよいよこれはヤバいと一念発起し、30kg痩せた過去を持つ。

 そのとき健康的に痩せるために血糖値インスリン関係については大分勉強したので、「ドカ食い気絶」に関する雑な言葉が踊りがちな昨今、自分の知る限りの知識をこのタイミングでまとめておく。

 間違っていること、曖昧な部分あるかも知れないが、それは本職の医クラさんがはてブにもいるので頑張って補足していただきたい。

 

そもそも血糖値は何故上がるのか

 そもそも我々素人勘違いしがちなところとして、「血糖値が何故上がるのか」についてのメカニズムのものがある。

 血糖とは、食事摂取した糖が直接出てくるものではない。

 食後血糖値というものは30分もせずに上がり始めるものだが、食後30分ではほとんどの食べ物がまだ胃の中。胃は胃酸によって食べ物を「消化」する器官であって、消化されたものを「吸収」するところではない。

 じゃあ血糖はどこからくるのかというと、主に体内に貯蔵されたグリコーゲンである人間動物)は即席エネルギー源として常に肝臓筋肉グリコーゲンを貯蔵しているが、食事を取るとそれがいらなくなるので血液を介して脂肪細胞に届けて貯蔵するのである

 食事摂取した糖質量そのもの血糖値上下には直接的な関係がない(間接的にはある)ということをまず抑えておきたい。

 いくらか指摘がありますが、この「直接的な関係」という言葉に込めたニュアンスは、基本的には(↓の一文目)だと思っていただきたい。増田あくま論文レベル校正を行えるものではないので、言い回しの細かい部分への訂正はこれっきりとします。ある程度は読み手責任で「等」等を補ってださい。

 

 専門家からの明確な指摘があったわけではないが、この下りは正確さに疑問があるため次のように修正する。血糖値の上昇には多数の要因があり、↓の補足にあるようにGI値などはあくまで目安でしかないため、経口摂取した糖質量に比例して血糖値が上がるような単純な関係ではない。

 

血糖値スパイクとは

 というわけで、血糖値スパイクとは、単に大量の糖質を取ったから大量の血糖が流れるというような話ではない。

 大量の糖質を取っても、食事直後に流れるのは肝臓に貯蔵されたグリコーゲンだし、また健康的な膵臓をしていれば、消化吸収された糖も適切にコントロールされる。

 では何故血糖値スパイクが起こるのかというと、それは主に「インスリン」の働きが悪いかである

 インスリンは、先ほど言った「肝臓に蓄えた糖を血糖として放出し、脂肪細胞に蓄える」というはたらきに関するホルモンであるインスリンがはたらくことによって、血糖は脂肪へと変換されて蓄えられていく。

 つまり逆に言えば、インスリンの働きが悪いと血糖を脂肪に変換する回路がうまく動かないということである

 結果として、血糖値が下がらずに血糖値スパイクが起こる。表面的に言えば、インスリン血糖値を下げる働きをするものなのだ

 

高血糖で眠くはならない

 「血糖値スパイク」に関する大きな間違いのひとつが、「高血糖で眠くなる/気絶する」という話である

 これは完全に間違いで、高血糖は体組織にさまざまなダメージを与えるが、それによって眠気とか(気絶のような)短期的な意識障害は起こさない。

 よく言う「食後の眠気」は、一般的には「低血糖」で起こるものである

 これまで述べたように、食後すぐに肝臓に蓄えられた糖が血中に放出され、「血糖」となる。その血糖は「インスリン」により脂肪へと変換を促されることによって脂肪細胞に貯蔵されなおす。この過程で血中の糖質量が変化するのが「血糖値の上げ下げ」である

 この血糖値の上げ下げの結果、「血糖値スパイクの後には急激な低血糖も起こす」というのが、「食後に眠くなる」メカニズムである

 特に難しい部分のようなので追記。「インスリンの働きが弱まることで、それを補うように分泌が過剰になる(そのせいでまた働きが弱まる)」という「インスリン抵抗」の負の循環によってこういう乱高下が起こりやすくなる。完全な糖尿病になってしまうと、インスリン機能が失われるので自然には血糖値が下がらなくなります。)

 

 以上のことからわかるように、「血糖値スパイク」も「食後の眠気」も、本来「ドカ食い」という一時的行為のものとは関係がなく、そういう不健康生活によってインスリンの働きが弱ることで起こる複合的な現象なのである

 

ドカ食い気絶とは?

 よって「ドカ食い気絶」なる、昨今既成事実化されようとしている現象は、厳密に言えば存在しない。

 医学的にも定義されてないし、そもそも「食後に眠くなる」要因については上で述べた低血糖以外にも他の機序によって説明されることもある。

 胃腸血液が集中することによる疲れだとか、自律神経に関する問題だとか。

 もちろん無理な大食い、不摂生生活身体に悪いことは言うまでもないのだが、ある種の非科学的な迷信と言えるところまで話が膨らんでしまうとそれは良いことではない。

 ドカ食い気絶なる概念の既成事実化によって、逆に妙な(実在しない)健康不安煽りはしないかと、増田危機感を覚えるものである

 

レス、補足

 

anond:20240510163016

その理論が罷り通るならオバサンみてとった行動も好きにしろでいいじゃん

しかもキショいには賛同するんかい

あのオバサンと同じ界隈にいたくないなって気持ちは正しいだろ

からマロ気持ちは俺はわかるぜって話

anond:20240510145901

どんな宇宙理論飛んでくるのか気になって聞いてもたいてい話ズラされて終わりなんだよな。悲しい。

自己肯定感の低い弱者男性特有の「見返りがあって然るべき理論

新宿の例の事件の補助線として恋愛弱者非モテチー牛弱者男性共通する思考体系を解説する。

弱者男性被害者意識はどこから来るか

弱者男性をはじめ自己肯定感をうまく育てられなかった人間世界から色々なものを奪われてきたと常日頃感じている

これは非モテチー牛の異様な攻撃性を見るとわかりやす

彼らは自分の好きなもの萌え絵とかアニメとか)を貶されると烈火のごとく怒り狂う

一般人であれば「ふーん、そういう考え方もあるんだ」「うわ、こいつわかってねーなー」程度の感想で済むが、世界から多くを奪われてきた(と勝手に感じている)チー牛非モテ弱者男性は「これ以上俺の好きなものを奪うな!!!!」と攻撃的になってしま

財産が100万円の人間が支払う5000円と全財産1万円の人間が支払う5000円の重みが違うように、自己肯定感という貯金がそんなにない人間ちょっとした不快感に対して防衛過剰になりがちなのだ

弱者男性は「無償の親切」ができない

この思考体系は現実世界にも大きな影響を及ぼしている

端的に言えば弱者男性他人に対して無償の親切を施すことができないのだ

「で?それをすることで俺になにか利益があるの?」というイキった厨二病的な考え方に脳みそ支配されている

例えば、弱者男性ほとんどは旅行に行った際に会社の人用のお土産を買わない

普通人間普段お世話になっている人にお菓子の1つくらい買うだろうが、彼らにそんな親切をする考え方はない

そもそも人付き合いが苦手で周りのほとんどの人間を敵だと認識して内心見下している

それ故、「下手に出ておだてる」「感謝する」「謝る」「人のことを許す」「相手の気持に配慮する」といったことができず、人付き合いに支障が生じている場合が多い

弱者男性は本当の意味で人を好きになったことがない

今回の新宿刺殺事件において加害者がその異常な攻撃性を発露したのはまさにこの点だ

普通、「貢ぐ」という行為自己満足のための行為であり、相手からの何の見返りも期待しないでやることだ

故に、普通貢ぐ額も無理のない範囲常識的な額に収めるし、自分趣味の品を売ったり借金したりすることはない

ところが弱者男性は貢げば貢ぐだけ何か見返りがあるはずだ!といった頓珍漢な期待を抱いてしま

基本的弱者男性無償の親切なんてものがこの世に存在すると信じていないので、自分の払ったコストには絶対に相当な見返りがあるはずだと誤認してしま

この辺の心理は「アイドル交際報道にブチギレるアイドルオタク」にも共通している

一方的片思いして最終的に告白して玉砕した男が「じゃあ何で俺に優しくしたんだ!」「勘違いさせるのが悪い!」などとキレ散らかしている場面を見たことはないだろうか?

これも弱者男性特有心理関係している

無償の親切をしてくれた=彼女は俺の好意を欲している」などという歪んだ認知のせいで一方的気持ちを募らせてしまうのが弱者男性という生き物の悲しき生態なのだ

そういう意味弱者男性は本当の意味で人を好きになったことはない

「君の喜ぶ顔が見たくて♡」といった理由プレゼントを渡すことなんてないし「君の喜ぶことがしたいよ♡」なんて下手に出て親切にすることもない

この世の恋愛はすべて「男はセックスのために女に貢ぎ、女は色んなモノをもらえる代わりに体を許している」のだと認識している

新宿事件弱者男性共感を呼ぶ理由

一部の非モテ弱者男性界隈が今回の事件で異様に喜んでいる理由もコレでお分かりだろう

彼らからすると今回の事件は生まれて始めて目にする「女に報いがあった=男に見返りがあった瞬間」なのだ

もし読者の貴方がこの手の喜びを覚えてしまっているのなら、悪いことは言わないので今すぐ精神科に行ってカウンセリングを受けて欲しい

この手の認知の歪みを抱えていると本当に生きづらくて仕方ないことになるよ

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