はてなキーワード: 絵馬とは
修学旅行前日にインフルエンザになり、アラサーになるまで京都にも新幹線にも無縁だった人間が京都へ行ってきたよ!
東山から四条三条へ北上後、大宮や壬生を回り、島原へ南下し、西本願寺から京都タワー~豊国神社という徒歩旅。
どこもそうだったけど、四条大宮から壬生へ抜ける細い路地を歩いていたら1kmない距離なのに6、7軒は寺があった
路地を歩いているとそこらじゅうに小さな社があった
条例で高層ビルが建てられない為とは知っていても、京都タワーから一望できる眺めが凄い
都内と違って空襲で焼き払われていない分だけ古くからの家をそのまま使っている感じ
あらゆる人種が居る
交差点でクラクション音に驚いて顔を上げたが、酷い時は数分に3、4度クラクション音がなっていた
首都圏ではどんなに渋滞していようとクラクション音をそうそう聞く事はなかったのでびっくり
それから交差点を観察しながら歩いてみたら、赤信号なのに3、4台右折していく感じだった
そして対向車が切れず右折出来ないで居るとクラクションを鳴らす感じ
車の流れがあって多少無理でも曲がる事はあれど、完全に赤信号なのに数台は堂々と右折していったのでびっくり
都内でトイレットペーパーが無い駅はほぼ見かけないのに対し、京都駅は普通にトイレットペーパー無かった
その代わり備え付けのトイレットペーパー販売機があった
盗難はあれどトイレットペーパーを備え付けない店は無いという勢いの首都圏に対して
京都はただ単にトイレットペーパーすら売りつける商魂逞しい土地なのかどうか・・・
総武線内で席に座った全く無関係の隣あった男女3人全員iPhone弄ってて吹いた位なのに
阪急では携帯弄り率が低かった(弄ってる人いたかいないかレベル)
とはいえ京都駅は左によって右を空けていたり、観光客が多いとそうでもない模様
京都駅だったらごめんなさい、と前置きして三条川原町等三条通りかなと
阪急や他の地下鉄が乗り入れていて、京都駅が伊勢丹だけなら、ここは大丸阪急高島屋に色んなブランドの店が有
病院へ入った時に喋っていると周囲からの目線が軽く刺さるような雰囲気になった
これが噂の・・・と思った
しかし観光地を周っていると観光客慣れしているのか色々親切に教えてくれた
昔の話をしてくれたり、資料を貸してくれたり、いい人たちだなと感じた
新宿とは違ったでかさ、東京駅と比べてはいけないが、番線数やダンジョン度は東京の方が数倍上
都内の景観を無視しきったカオスな立て方のでかさではなく、なんでこんなオブジェクト作った?的な
恐らく普通の人が混雑した清水寺金閣寺銀閣寺を周っても、人の山過ぎて綺麗という観念が薄くなると思う
なんだただの普通の寺か~で終わる可能性大
仏ヲタ的には金閣銀閣は触手に触れず、広隆寺だの東寺だののがクるだろうし、
歴史ヲタなら平安鎌倉江戸末期とおいしすぎる上、ヲタスポットは断然人が少ない
勿論景色は綺麗だし料理は美味しいけれども、一般人はリピーターになるレベルまでは行かない気がした
本当に碁盤の目、ここは行き止まりだろ・・・という道こそどんどん突っ込んでいくと古い町なみが拝める
道が行き止まりにならない事を容易に悟れるはず
そのうちいつの間に寺の裏門へ出たりして、この界隈の人しか知らないルートを発掘出来る楽しさ有
殆どの人は一日バスフリー利用券(500円)で回っている模様だが、バスは平日でもかなり混雑している
観光案内通りにバスに乗ると混みまくるので、自分で適当に接続ルートを探して乗るとかなり空いていた
例えば金閣寺行き、駅と接続しない祇園から乗るとスカスカで座れたり・・・みたいな
ただ基本、街中の観光名所がかなり歩ける距離なので、ちい散歩やブラタモリするのがおススメ
湯島から上野までとか表参道から渋谷までとか、遠くて秋葉原から上野まで、みたいな距離
壬生寺に幕末京都の古地図が売っていたので、かなりブラタモリが出来る
寺は拝観料を取られるので(200~1000円程度目安)多く回る人は寺一つ頭千円で持っておいたほうがいいかも
高い見積もりかもしれないが、絵馬や御朱印、お守り収集や国宝観覧をするなら足りない位
カメラは撮影禁止の場所も多いが、撮影可の場所もあるのでカメっこは必須
しかし弥勒菩薩が居る広隆寺や平清盛像のある六波羅蜜寺や風塵雷神屏風の建仁寺はスムーズに入れた
どうしても土日なら土曜日に有名所へ
東方風神録のエンディングにおいて、酒があまり飲めないキャラクターに対し、集団で酒を飲ませようという「空気」を作るシーンがある。
しかもこのシーンを批判的には描いていないので、これは日本の悪しき飲み会文化・アルハラを正しい事と思っているという事に相違無いと確信
白玉楼にて西行寺幽々子に仕える魂魄妖夢は、病気以外では休みが無く給金も無い(書籍文花帖話)。また紅魔館の十六夜咲夜は広大な館を
事実上一人で管理しなくてはならない状況である。部下の妖精メイドは役立たず。当主は労働条件を改善しようともしない
このような超ブラックな組織が東方人気の中心であるという事は、奴隷労働マインドが若者に刷り込まれているという事であり憂うべき事である。
東方というのはスペルカード、舞台背景、キャラ設定にいたるまで「何らかの元ネタ」というのを持っている。風神録は諏訪の神話をモチーフとしており、その為諏訪大社を東方ゆかりの聖地と勘違いする者共がキャラ絵馬を奉納するという事態が続いている。一橋大学のトークショーでは「やってはいけませんよ」と言っているが、諏訪大社をモチーフにしたのはこの酔っ払いののんべである。信仰を失った架空の神社にすればいいではないか。大体日本有数の信仰を誇る諏訪信仰を、幻想入りするほどに落ちぶれたものに貶めるとは全くの侮辱行為と言い切れるのである。あと東方星蓮船においては信貴山縁起絵巻の「尼公」を下敷きにしている。これもまた実在の信仰を東方に紐付ける愚行と言えよう。まあ、今年の夏コミの新作が完全に幻想郷で完結している「東方三月精」ネタである事は良き事である。漫画本編なんかは神話ネタでの結構紐付けが甚だしいが「妖精大戦争」は妖精の馬鹿騒ぎに過ぎないので何の害もモタラスマイ。
ZUNは世界観を重視していると言っているが、幻想郷という空間は果たしてしっかりとした生活空間なのであろうか。まず海が無いので塩が無い。塩は人間には欠かせないのにそれをのぞいてどうやって生きられるのだ。「岩塩」という解釈も成り立つが、作者自ら小説版東方儚月抄では岩塩は採れないと逃げ道を塞いでいる。まったく自滅とはこの事である。で、結局それら不都合を解消するには八雲紫の「スキマ」で調達するとか、妖怪の山で機械文明ごっこをしている河童や天狗がどうにかするとかしか考えられず、外の世界にベッタリ依存しとるやんけ。外の世界とは隔絶された幻想といっても。親の援助受けてる癖にイッパシの口を聞くクソガキでしかないのだ。あの色鮮やかな服もそうだ。布を色で染めるのには染料がいる。それもパソコンのカラーパレットをいじるようには簡単ではない。一つの色を作るのにもそれなりのコストがかかるのだ。どうやって作るというのか?香霖堂をドラえもんみたいに便利キャラにさせるか?魔力で服が生成させるか?それともスキマ(笑)なのか?
人間と妖怪が潰し合わないように戦うためのプロレスルールたる「スペルカード」。これを全作品の全シチュエーションで行っているのが実におぞましい。東方風神録は外の世界から幻想郷にやってきた新参者である。そいつがどうしてスペルカードルールを知っているって事だよ。あと東方地霊殿は地下に隔離された妖怪と戦うのにこいつらもまたスペルカードルールだよ。どこで知ったのやら。極めつけは星蓮船である。6面ボスは1000年の封印から解かれた直後に戦うわけだからスペルカードルールを知っている筈が無い。遊戯王とかのホビーアニメとかは「その世界ではそのホビーが大人気」って前提があるから問題は無いし、メダロット魂においては「デスメダロット」によるメダロットとは違うルール無用の戦いを通じて、「境界の外では中のルールは通じない」というホビーアニメを全否定しかねない命題を打ち出したりしている。そこいくと風・地・星でどうやってルールを徹底させたかといえば、同調するような圧力以外は考えにくい。「こうやって戦うのが常識でしょ」という感じで押し切ったのじゃあるまいか?大体ルールを懇切丁寧に教えるとすっごく間抜けになる。漫画版儚月抄で魔理沙が依姫にスペルカードルールを説明する会などは実にバカバカしい。依姫は主人公ズを圧倒していたんだから言う事を聞く必要なんて無いわけだ。
俺もチルノの絵を描けるようになりたい。俺はニコニコ動画やpixvを見て賞賛のコメントをよくするけど、その歓喜って実は偽で、本当ならば浴びる方になりたいという願望が強くあるんじゃないかと考えてる。
それそれ!それですよ!!鷲宮神社でイラスト描いた絵馬が沢山あったでしょ。あれを見ておもしれーと思った人は沢山居た。自分も見物して笑ってたその一人。
だけど、あるとき気づいたの。自分がそういう変なことをしている側でありたいって。さっとイラストを描き殴って颯爽とその場を立ち去るのがかっこいいんだよな。
そんなことに気づくのに時間がかかりすぎた。けど俺はそれになる。もう決めたんだ。
美少女のイラスト入りで「こなた大好き」「かがみのお見舞いに行ってきます」「こなたはオレの嫁。アハッ、アハッ、アハッ…」など、場違いな願い事の書かれた絵馬まで掲げられるようになった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070725-00000925-san-soci
「こなたはオレの嫁。アハッ、アハッ、アハッ…」
これはさすがにないわ…。
こんなん置いてく奴がいると知ってもまだ「観光客なんだから受け入れろ」「キモイとか言って差別すんな」と言える人はいるのかな…?
http://anond.hatelabo.jp/20070724111609
この記事は誇張が含まれていると言うか近隣の住民にしてみれば
ネット上で言われているほど酷いと言う状況ではないし、絵馬なんかも
以前はあちこちに置いてあったのも半ばギャラリー的な配慮で一面に
なるほど。参考になります。そんな感じじゃないかとは思ってましたが。
ところで、そのblogの運営者とか、そこでオタク死ね、オタクは犯罪者みたいな事を言ってるイナゴの大半って、「オタクをいじめて喜ぶオタク」だと思うのは私だけ?
一般人にしてはやたらオタク文化に精通している気がするし。
一般人なら、「巡礼」なんて言葉は使わないでしょ。それに、一般人なら、そんなオタクな話題を扱ったblogの存在も知らないか、知っててもスルーが普通でしょう。
既に旬を過ぎた話題だとは思うけど、らき☆すた関連で
http://kuki-shimin.com/archives/219
この記事は誇張が含まれていると言うか近隣の住民にしてみれば
ネット上で言われているほど酷いと言う状況ではないし、絵馬なんかも
以前はあちこちに置いてあったのも半ばギャラリー的な配慮で一面に
ファンの度が過ぎた行為に関しては今の所マナーを啓発すればいいだけのことだし
この記事を欠いた久喜市民と言う人間は鷲宮神社を久喜市の物と誤認している節があるし
(実際の所在地は隣にある鷲宮町)まちBBSの久喜関連スレッドにおいては問題のある人物
であったと聞く。つまり電波野郎の戯言ににアンチやネットイナゴが乗せられてしまった感じが強い
ただ、この騒動を思うに有名な作品の舞台が実在する所であったとして、
そこにその作品のファンが集まるのは仕方のないところであると思う。
ただ鷲宮神社周辺は商店街の通りにあるとはいえ周辺は住宅街であり、
さらに言えば廃れた町と言う印象なのだ。さらにはうどんの加須や
フライの行田みたいに何らかの形で人を呼び込む事をやっていなかったので
そういうことに対して慣れていないというのはあったのかもしれない。
(さすがに苺ましまろにおける浜松のように舞台が完全な住宅街であったのなら
さらに言うと今回の件や秋葉原で行われたアキバデモの件がいいように
何らかの軋轢みたいなものが生じてしまっているんじゃないか?
ただ、現実社会ではあくまで現実において行為を行ったものだけを
取り上げる風潮がある、ネットで騒くだけ騒ぐと言うのは
既に限界が来つつあるんじゃないだろーか?。
現状がよくわからんが、観光に生きてる町なら観光客の好みを受け入れるんだな。
都合のいい客だけが存在するわけでもあるまい。
ティーンを受け入れた清里のように、
冬のソナタの聖地めぐりと違って、「神社」という宗教色の濃い場所では、道路や街角とはちがう行動規範を求められると思う。そういう意味では軽い遊び感覚で絵馬を残されるのは絵馬というシステムの主旨から外れていると思う。トイレの壁に相合い傘を彫って帰るのと同列に扱われてもしかたない。
あと、知らない人が大挙しておしよせてきたら、警戒するのはあたりまえ。通勤ラッシュの電車とはわけが違う。多少は恐がられても仕方ない。後は時間が解決してくれるのを待つしかない。そうすれば相互理解も進むんじゃないかな。まあ、人の出入りが多くなれば治安が悪くなるのは懸念材料としてはあるけど、「来るな」という権限は町にも市にも無いし。ヤクザの兄ちゃんを配置して睨みをきかせるのも手としてあるかもしれないけど、そんなことしたら「暴力追放」の看板下ろさなくちゃいけないし。そもそも市の方針としては町おこし、村おこしの類はやりたくないのかな。
ただ「恐い」じゃなくて、「キモい」って言われる場合は、「それ、喧嘩売ってるんだよね。」と言い返すしかないだろう。そういう次元の話でしかなさそうだし。「それは差別だ!」って言うのもアリだけど。
絵馬はありえないにしろ、
これはかなり厳しい。
非オタがオタの格好をしてオタと馴染んで下さい言われても難しいでしょ?同様に、オタが非オタの格好をするのも難しい。
何故って、オタはオタの格好をしているわけじゃなくて、普通にしていたらそれがオタの格好だからだ。下手に普通になろうとすると、それがかえってわざとらしくなって、オタ臭くなる。
「観光客を煙たがる奴は観光するな」を書いた増田ですよ。
行動を改める必要はないとか、迷惑かけてもいいって意味じゃないですよ。
だが、非常に心配なことがある。それは治安の問題である。
とね、行動よりもオタそれ自体が攻撃されてるんよね、元記事。行動にも一応は触れてはいるけれど。勝手な偏見で勝手に嫌ってるわけよ。もう行動云々じゃないもの。ならば、同じように、もう埼玉人を親の敵のように毛嫌いしてる千葉県民とかもいるかもしれないし、その人の格好や趣向を嫌う人がどこにいるかもわからないし、どう嫌がられるかもわからないのだから、自重しろと。
というかね、誤解されてるから書くけど、このオタたちの行動には私、呆れてるよ、実際のところ。だって、作品の地、聖地なのでしょ?なのに何で異質な足跡残そうとするのよ。絵馬とか。作品に使われた、その良さをちゃんと残していくのが筋ってものじゃない。自分でブチ壊してどうするんよって思ってるよ。それじゃ観光地にゴミのポイ捨てしてくやつらと何も変わらないじゃない。
正月に初詣に行って、お大師様に厄除けに行って、お彼岸にお墓参りして、お盆に迎えにいって送っていって、また彼岸にお墓参りして、クリスマス祝って(?)。修学旅行は京都へ行っておみくじ引いて仏像眺めて、受験があれば絵馬を書き、死ねば坊さんを読んでお経を読んでもらう。トイレには花子さんがいて、暗い夜道には妖怪がいる気がして、山には神様がおられて、夜はつめを切らない。結婚式は教会で挙げたり、バイトの巫女さんがいたりする。
考えるとおかしいね。そもそも神社とお寺がごっちゃになってる。神仏習合のせいか。
そんな神仏が混じりあった宗教概念の人が多いから、神仏以外の宗教が異界になるのだろうか?
じゃあ、増田やってる君らも、周りから見たらそう思われてるんじゃないの?
増田を“異界”と思う人から見れば、まさしくその通りだと思う。
そうなんだろうな、一種のおたくもそうなんだろうな。
問題は、きのこanond:20070216134301も友達の宗教anond:20070216183717も、「熱心に布教されて困る」ってところなんじゃないのか?あと、「人生かけちゃってる」とこ。坊さんの息子が坊さんになる、みたいなもんだと思えばいいのかなぁ?
何か君も宗教臭いね。
っていうのは、いいえて妙ですな。たしかにそうですな。こっちも一種の宗教みたいなもんだよな(しかもある意味布教もしている)。