2023-04-22

映画館映画を見ている間は自分を辞められる」というのは特権階級だけの話

大抵の人は辞められない。

頻尿の人はRRRを見ることは出来ない。大福を食べても尿意は止まらないし、水を飲まなくても尿は出る。オムツを履いて映画館に行くという変態プレイが許容されるのはエロ漫画世界だけ。

会社携帯を持つことが義務付けられている人は映画館でもバイブを常に意識する必要がある。特に自衛隊はそれが顕著。映画を見ている間に遠くで災害が起こり、それに気づかないで2時間の間報告義務さえ怠りましたは許されない。

色盲の人は普通の人と同じように映画を見れないし、時には色盲であるが故に重要情報を見落とすだろう。まして盲目であれば……盲目の人でも音を楽しむために映画館に行く人はいるだろうが、その人は映像を見ることが出来ない自分という存在から離れることは出来はしない。逆に難聴人間にとっては映像だけしかそこに存在しない。

単に語学力や読解力が試されることもある。吹き替えのないアクション映画必死字幕を追わされたり、訛りの独特なニュアンスを感じ取れなかったり。外人の顔は区別がつきにくいが、相貌失認気味の人間であればそれはなおさらで、時には登場キャラクターが少し髪型を変えただけで誰が今どうしているのかを見落としてしまうだろう。

映画館映画を見ている間は自分自分であることを辞められる」というのは、自己の心身や能力に纏わる事柄によって映画鑑賞に支障が起きない人間が一時全てから離れて自由になれる権利を有して初めて起きる現象だ。

本当に完全にこの条件を満たせるのは日本人の半数程度だろう。

それは十二分に特権なのだ

当たり前に誰にでも起きうるものとして扱うのは辞めてもらいたい。

自分が恵まれているという自覚を持ってから口を開けないのなら、ソイツは令和に相応しいポリコレが身についてね―ぜ

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