「平日は子育てのこと全部やるからさ、仕事から帰ってきたら残ってる家事だけお願い」
子供が生まれてもうすぐ1年、少し目を逸らすとハイハイでどこかに駆け寄っていく。
早いなあ、もうすぐ誕生日だしなにかお祝いでもしないとな。
一日家で面倒見てくれている嫁にも気晴らしが必要だ、考えないとな。
夏の暑さが少し落ち着けば、なぜか仕事はもう少し忙しくなる、通勤電車に揺られ帰ってくるのはいつも22時だ。
気のいい上司は子供が生まれてから、私に対してより一層気遣いの感じられる言葉を掛けてくるようになった。
「今日も遅くまでありがとうね。ああ、その仕事ならこっちでもできるし、今日は早く帰りな」
「子供が小さいうちは家事と育児に関わっておかないと後々大変だよ」
「ほら、テレワークならもう少し早く終われるし、通勤もないから奥さんに喜んでもらえるんじゃない?」
夜中にメールを返してくる上司のことだ、何時まで仕事をするつもりだろう、自分こそ早く帰って休んでくれ。
甘えて仕事を投げ渡し、週に1度は自宅で仕事をすることができるようになった。
それでも仕事が終わるのは19時過ぎ、結局自宅でも定時に上がるのがこんなに難しいなんて。
「月末だしいつもより早くあがって奥さんと子供にたまにはなにかしてあげな、定時前にあがっていいよ」
朝にZoomのミーティングで告げられた上司からのありがたい通告、
今日はやけに仕事が少ない、昨日納品した資料はなんと完璧で戻りもないらしい。
珍しい、四半期に1度あるかないかの穏やかな日、素晴らしいことにテレワークで通勤もない。
溜まっていた残業の超過時間を消化することも兼ねて早めにあがるか。
「仕事早くあがれるからどこか出かけようか、今なら空いてそうだしさ」
LINEで伝えると意外にも早く「いいよ!どこいこっか?」と快諾の返事が返ってくる。
「あの店のアイス、今日30%オフで食べられるらしいよ。前食べたいって言ってたし行ってみる?」
このとき失敗したのは子供の昼寝の時間だ。ベビーカーで寝ると思っていたが期待に反してまったく寝ない。
ショッピングモールでそんなに頻繁に降ろしたりしなければ細かいタイミングで寝てくれるだろう、そんな思惑が外れた。
家に帰れば、眠い眠いと騒ぎ出す、これは不味いな。いつもの寝る時間まで持たないかもしれない。
子供を入浴させるためにお風呂に湯を張り、米を炊く。昼間の食器はとりあえず洗剤につけて流しの隅に、あとで夕食後にまとめて洗おう。うわ、朝干した洗濯物取り込んでないな。
お風呂からあがれば子供の晩ご飯タイムだ、ようやく食べられるようになった硬めのお粥をメインディッシュに頬張る。
食べ終わればもう半分寝ている、昨晩寝かしつけたときは全然寝ないと嫁が悩んでいたのに。
今日は平日だが余裕があるしそれほど疲れてもいない。 「もう眠そうだから俺が寝かしつけてくるよ」
「子供がすぐ寝る日に寝かしつけできてよかったね」
…?
一瞬のことだがうまく言葉を飲み込めない、アドレナリンの出る仕事と比べると平時はこんなに頭が回らないのか。
どういうことか考えてしまう、少し苦い表情が顔に出てしまった。
「え?なにか悪いこと言った?」