医師によって白い布を取り去られたその顔は、ありきたりだけどまるで眠っているようだった。
閉じきれずほんの少しだけ見える瞳は黒く、力なく開いた下顎から察せる口内はほとんどの歯が抜け落ちてくぼんでいる。
80を超えて、ステージⅣの口底癌を患ったものの、なんと再発の恐れはないとまで言えるほどに癌と戦った。認知症の症状こそ出始めていたが、元より辛抱強い人だった。それでも当時「いやだなぁ」とぽつりと呟いた声を私は覚えている。
癌も辛いし、放射線治療も辛いよね。それでも受けてくれてありがとう。
2分前に自分が何を言ったか覚えていてくれてなくても、私が孫だってあんまりわかってなくても、骨と皮しかないようなその手で握ってくれた手は暖かかったよ。
あの時よりももっとやせ細ってる気がする。
コロナ禍の所為で面会もできないし、一度だけしてもらったオンライン面会ではこちらの声に全く無反応で、タブレットを持ってくれていた看護師さんに促されて奇跡的に「んー」と返事をするだけ。
小さな私を叱るときに三階の窓から雨の中ランドセルを投げ捨てたあの力強い生命力はどこにも感じなかった。でもなんていうか、今でもあれはやりすぎだったと思うよ。
それでも何の苦悩も見えないその安らかな表情は、悲しみと同時に安堵も招き、ただはらはらと頬を熱く濡らした。
横たわる身体にかかった布の柄が細かいせいで、若干錯視じみている。ぼーっと見てれば不意に布が上下したようにも見えた。
薄く開いた瞼から除く目を見るのが怖くて、頭上寄りにパイプ椅子を置いて座り直し、角度的に物理で見えなくさせた。
顔をしげしげと見下ろすと、眉毛が一本だけ白く伸びている。どうせなら整えてあげられればよかったのに。
こんな時に限って出てくるのは涙で、あとはそのためのハンカチだけ。
ガーゼ生地に涙と同じだけの鼻水を吸わせつつ、そっと髪の毛に触れた。
柔らかい。
80後半、パーマもヘアカラーもしてないその髪は猫っ毛のように柔らかくて、結構黒髪も残っている。すごいねぇなんて撫で付けると頭皮からひんやりとしていて、冬の外から帰ってきたみたいだなぁとぼんやり思った。
おばあちゃん、死んじゃったんだね。
旅支度だと手伝った際に触れた肌は皮がたるんで柔らかいのに、芯まで冷えていて涙が止まらなくなった。
あと死装束って言いたいのに何度も死覇装って言ってごめんね。貴女を勝手に死神にさせてしまったことを恥じています。こんな孫ですが、まだ可愛がってもらえますか?
また明日、会おうね。