20代の頃から働くのが本当に辛かったのだが、30を過ぎてからどうにもならなくなって、もうずっと安楽死したいと思っている。
自分の辛さは「他の人は1時間で10のことができるのに、自分は0.1くらいしかできない」ことに由来する。
周りからも邪魔だと思われているのは伝わってくるけれど、こんな人間でも生きるには働くしかなくて、そのことに絶望して夜通し泣いたり一睡もできず翌日を迎えて、
ただでさえクソなパフォーマンスが更にクソになるというループに陥っている。
「転職すればいい」、「メンタルクリニックに行け」、という言葉を信じて転職は2回したし、メンタルにも行ったけど何も変わらなかった。
「せめて1時間で1のことができるようになりたい」と思って勉強もしたが、自分が勉強する速度が職場で必要になる知識の増加量に追いつかない。
年収xx万以下で暮らす方法や働かずにすむ方法に関する本も読んだが、運が良かった、もしくはその運を掴むだけの才能がある強者の言葉だった。
どうあがいても自分がこの社会で普通に生きていけるとは思えない。
自分みたいな無能は働かないほうが社会にとってもプラスのはずなのに、社会はそれを許さない。
こんな人間なので自殺にも失敗してしまった。死ぬというのはとてもむずかしいことで、それをやり遂げた人の覚悟は想像を絶するし、
どうにもならなくて電車に飛び込むしかなかった人たちのことを思うと胸が痛くなる。
自分と、自分と同じ辛さを持つ人がせめて穏やかに生きられる社会になってほしくて選挙には行った。小選挙区も比例も自民党には入れなかった。
でも結局何も変わらなかった。そんな日に京王線の事件があって、あれは一歩踏み誤ってしまった自分なのだと思わずにいられなかった。
別に死にたいわけじゃない。けど生きて行くには働くしかなく、働くのは死ぬほど辛いので死ぬしかない。
毎月死なない程度の金はやるから社会に出るな、命を大事にしろと言われたら喜んでそうする。
だがこの国はそんなことをしてくれないし、きっとこの先もしないであろうことは先の選挙が証明した。
今は死にたいなんて思っていない人でも、いざというとき自分で自分を終わらせる選択ができるというのはきっとお守りになるはずだ。
自分もいざ安楽死ができるようになったら、貯金を使い切って思い切り楽しんで死ぬつもりだ。なんと幸せなことだろう。
誰も損をすると思えない。一刻も早く国が安楽死を認めるのを願ってやまない。
どんな仕事してるの?向き不向きの問題ではないのかな
性格の問題もあると思うぞ。俺も毎年その年の仕事を振り返るたびに無能だな〜って思いながら10年以上やってる…。