2021-10-19

俺の青春が地味過ぎる件について

健司は後悔した。

真奈美を屋上に呼び出したものの、いざ彼女と二人きりになると何も言葉が出てこなかった。

「どうしたの、急に呼び出して?」

少し背の低い真奈美はおずおずとした面持ちで健司を見上げる。

健司はぱちぱちと瞬く奈緒美の長いまつ毛を間近で見て、ますます緊張し言葉が出ない。

健司は目をそらしてうつむくと、二三回小さく深呼吸をした。

そして無理に顔を上げ、努めて明るい表情で「昨日、あのあと大丈夫だった?」と真奈美に聞いた。

何気ない風を装い、自然な口調でしゃべろうと思ったが、口からでたのは緊張感のあるぎこちない声だった。

緊張は真奈美にまで伝染した。

真奈美は口ごもり、消え入るような声で「うん。」とだけ返事をした。

二人は俯いた。気まずい沈黙流れる

その時強い風が屋上を吹き抜けた。

「あ…」と言って真奈美は制服スカートを抑えた。

健司はしかし、ちらりと覗いた真奈美の白い太ももを見逃さなかった。

見逃さなかったというより、思わず目で追ってしまったのだ。健司はそんな自分をひどく恥じた。

健司は赤面しながら、昨日の事を思い出した。

――――昨日、健司は真奈美と二人きりで下校した。

たまたま部活終わりの時間が同じで、二人の家が近いこともあり帰り道が重なったのだ。

二人は、もともと同じ中学に通っていて、その時は気軽に遊んだりしていた。

取り立てて仲が良いというわけでもなかったのだが、なんとなく同じ波長を感じ、互いに気を許す間柄だった。

しか高校に上がると、これといったはっきりした理由もなく疎遠になっていった。

――――そんな微妙距離間の二人が、昨日久しぶりに二人きりになったのだ。

二人きりの下校での会話は、表面上は再会を喜ぶような明るい雰囲気で、互いの近況を報告しあう気軽なものだった。

だが、その根底にはなんとも言えないくすぐったい緊張感が流れている事を二人は感じていた。

その緊張感を決定的に表面化させたのは、突然の雨だった。

二人が河川敷を歩いていると激しい雨が降りはじめた。

傘のない二人は慌てて駆け出し雨宿りする場所を探した。

しかし見つけられたのは、少し離れた橋のたもとだけだった。

健司はそれを指差し、少し遅れてついてくる真奈美を気遣いながら夢中で走った。

橋のたもとについた時には、二人ともびしょぬれだった。健司がカバンの中を開けてみると、ノート教科書の端が雨水でふやけていた。

「最悪だね」

健司はそういいながら、真奈美を振り返った。

真奈美は長い髪をハンカチで吹きながら、「最悪」とつぶやいた。

健司はその時、真奈美の着るセーラー服ぬれて透けている事に気が付いた。うっすらブラジャーの肩ひもが浮かんでいる。

健司はうろたえ、慌てて目をそらした。

真奈美は健司のそんな様子に気づかないふりをして、黙ったままハンカチで髪をふき続ける。

健司は、真奈美の方を見ないようにしながら、ぎこちなく「雨やむかなあ」とつぶやいた。

真奈美は返事をしない。手提げバッグをごそごそと探っている。その中から部活で使うジャージを取り出すと、真奈美は制服の上からそれを羽織った。

健司は目の端で、そんな真奈美の様子を追いながらますます恥ずかしく、気まずい気持ちになった。

やがて雨は止んだ。

日は暮れ、あたりがすっかり暗くなった河川敷を二人は歩いた。

真奈美の姿がはっきりと見えなくなると、健司の緊張は幾分かやわらいだ。

橋のたもとで起こったちょっとした事件などまるでなかったかのように二人は再び会話を楽しんだ。

しかし夜ベッドで一人横たわる健司の瞼には真奈美の姿がはっきりと浮かび、消える事はなかった。

悶々として健司はその晩一睡もできなかった――――。

――――健司は真奈美を屋上に呼び出したものの、何を言おうか、何を伝えようかまるで考えていなかった。

ただ、どうしてもまた真奈美と二人きりになりたいと思った。真奈美の事をもっと知りたいと思った。

健司は頭の中が真っ白だったが、意を決して口を開き……

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