2021-02-10

マスクから鼻を出す老夫婦

昨日の事。買い物帰りにガラガラ電車で座っていたら、老夫婦が乗ってきて自分の正面の席に座った。

見ると2人とも揃ってマスクから鼻を出している

「なるほど、これがマスクから鼻を出す人間か」と思って凝視していると、婆さんの方が自分視線に気づいたのかマスクを引っ張り上げ鼻をしまった。

「ふーん、鼻はわざと出してるわけじゃなかったのか。つけてるうちにズレ落ちたんだな」と思って見ていると、爺さんも婆さんが鼻をしまったのに気づいてマスクを付け直した。

もしかしてマスクをつけると呼吸が苦しいから駅のホームとか外では鼻を出してマスクをしていたのかもな」と思ってしばらく見ていると、なんと、爺さんの方が一度しまった鼻を再びマスクから露出したのだ。

少し驚きはしたものの「ああ、爺さんは婆さんに合わせて仕方なくマスクしているってとこかな」と考え、目的地の確認のためGoogleマップを見ていると、今度は婆さんが動いた。

信じ難いことだが、爺さんが鼻マスクするのに合わせるように、婆さんも再びマスクから鼻を露出したのだ。何も言わず夫に合わせる様子はまさに旧態依然の女の姿。三歩下がって鼻を出す、とでも言うことだろうか……。

わたしはひどく混乱した。目の前の出来事はにわかに信じ難いことだった。かつてーーーまだくびれの無い腰にサスペンダースカートをさげていたーーー中学生のころ、みんなして靴下の長さまで周りと合わせようと必死だったことを思い出さずにはいられなかった。あの頃は、ヘアピンのさし方ひとつとっても人と違うことが許されなかったものだった。母に渡された柄入りの布マスクがどれほど嫌だったかことか。

爺さんと婆さん、いや、ジジイババアは鼻を出すにも出さないにもお揃いじゃなくちゃいけないのだろうか。

もう70を過ぎているだろう老人たちが、まるで13の子ものようにマスクを上げたり下げたりしている様はあまりに衝撃的であった。

しばらくして電車が止まり制服姿の学生たちがどっと乗り込んできた。その中には三つ子のようにお揃いのストレートヘアの女の子達もいた。今はお揃いの彼女たちも、10年後の同窓会では皆違った女性になるのだろう。周囲に合わせることに囚われるお年頃の彼女らが可哀想でもありどこか羨ましくもあった。

学生時代の友人とも、もうコロナで丸一年以上会えていない。白い不綿布のマスクの下小さく溜息をついた。

車内には西日が差していた。制服学生の群れの中に、帰宅するサラリーマンもちらほら増え始めていた。

鼻出しの老夫婦はお互い言葉を交わすでもなくじっと座っていた。

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