本件に関して私が感じたのは平田オリザの強い危機感と焦りである。この危機感を強調したいが為についつい他の業種等を下に見た発言をしてしまっているというのが私の見立てである。
しかしこの危機感の部分が皆に理解されていないように思う。そこで私は「演劇ファン」の立場から、この危機感について説明し、それを踏まえてオリザの発言の意図(と思うもの)を説明したい。
これを語るために視野を広くとって、演劇にかぎらず「物語を表現する媒体」について見てみよう。例えば、テレビ、映画、漫画等だ。
こうした媒体を見たときある意味最強なのはテレビだ。なんといっても0円で、しかも家から一歩も出ず楽しめるのだから(インターネット上の無料コンテンツも同様)。
それに対し演劇や映画のような媒体は、お金もかかるし外出も必要だ。だからテレビと差別化できないと、お客が入らず消滅しかねないのだ。
映画の場合、テレビの登場や高画質化等で打撃を受けたが、3Dや4D等で差別化をはかってる。演劇でも伝統芸能やミュージカルは、それら固有の演出をする事で、ある種テーマパーク化して差別化している。
しかし平田オリザ等のやっているいわゆる「演劇」の場合、ほぼ唯一の差別化要素は、お客が生で見るという事だ。そもそも、テレビや映画は西洋演劇の直系の子孫なのだから、差別化しづらくて当然だ。
そしてコロナにより、このほぼ唯一の差別化要素が無くなったわけであるから、この状態が続けば、演劇は消滅してしまう。これは危機感をもって当然だ。
最後にオリザ発言に戻ろう。オリザの意図は、私が思うに、演劇が消滅の危機にあるので、「客と生で触れる」という演劇唯一の差別化要素を強調したいだけなのだ。
もちろんオリザの発言は、演劇の危機を強調するあまり、製造業を下に見る発言をするなど、はっきり言って弁解の余地はない。
ただ、スポーツその他の娯楽を下に見ているという批判はちょっと違うと思う。これらはコロナで面白味が減じるかも知れないが、やり方次第で生き残れる可能性が高いので、そもそも念頭にないだけなのだと思う。