https://tikani-nemuru-m.hatenadiary.org/entry/20091208/1260206019
「男は獣」「男の中に獣がいる」と言った場合、
実はその「獣」を支配しているのは♀だということなのですにゃ。♀の自業自得なの。
♂が性的主体として何を行おうが免責され、♀がすべての責を負う。なぜなら「獣」の支配者は♀だから。
これが、「男は獣」という言明の意味するところなのですにゃ。
id:Francesco3が断固として拒絶したのは、このような言明であり、このような言明が流通する社会ですにゃ。
だから「獣は檻に入れよ」と言わなくてはならなかったのだにゃ。
「獣は檻に入れよ」とは、♀が「獣」の管理責任を問われることへの拒絶だ。
アクタイオンの亡霊たちは、いつでも狩る側にいなければならない
アクタイオンの亡霊たちは、常に性の卓越性を示さなければならない
アクタイオンの亡霊たちは、「獣」を放し飼いにし、かつその管理責任を♀に押しつけなければならない
つまり
この論理は今となってはフェミニスト(まなざし村)に適用されるべきであろう。
アクタイオンの亡霊たちは、男を見限ってフェミニストを憑依先に選んだのかもしれない。
現代のまなざし村の理論は小宮理論としてアカデミズムの皮をかぶろうとしているが、
結局彼らの言わんとするところは、
まなざし村は何を行おうが免責され、男が作り出した表象がすべての責を負う。主に男オタクのポスターである。
なぜなら小宮理論において女性は完全に無謬で無能で無力な弱者だからである。
小宮理論においては主体的に情報を取捨選択できる女性というものは存在しない。
小宮理論においては女性というのは防御力ゼロで男の作り出した表象から一切身を守る手段がない。
小宮理論においては女性というのは無能であり女性が作った表象というのは存在しないことになっている。
まなざし村が主張する意見によれば、女性の感情はオタクのポスターによって支配されている。
たびたび発狂して人間とよべないレベルまで暴れる「獣」となったフェミニストさんたちが仰山おりますが
あれらの獣じみた狂気の振る舞いは全て男性の表象が悪いんだよということにになる。
オタクたちは、女性の名誉のためにもこうしたまなざし村の言明を拒絶すべきだ。