自分も物凄い運動音痴で、体育の時間あまりの辛さに涙が出たこともあるし心無い言葉を投げかけられたこともあり
思い出すと息苦しくなる、体育の時間があると思ったら小学生や中学生の頃に戻りたいなんて絶対に思わない
体育の授業を受けなくてもよくなったというのは大人になってよかったことベスト3に入るくらい体育が嫌いで運動音痴だ
リンカーンの芸人大運動会、ロンドンハーツのスポーツテストも何度も見たことがある
辻・加護が若い頃にめちゃイケで運動会をやってて、足が遅いわすっ転ぶわで大変なことになっていたのもよく覚えている
自分は社交的でなかったのもあり、体育の時間で失敗したら貶されるでもなく励まされるでもなく周囲は静まり返った
教室で辛そうにしている人を見たら「大丈夫?」と声をかける子も体育の時間はどれだけ相手が肩で息を切らしゼエゼエヒューヒュー喉を鳴らしていても何も言わなかった
中学生の時はみんな気を使ってバスケの時はパスを回さなかったし、高校の時は先生も一切口出ししなかったのでバトミントンの時間ではひとりで壁打ちをしていた
なので運動音痴芸人たちがボールさばきを失敗する様でスタジオの芸人たちが笑っている姿はとてもほっとする
あの芸人たちは仲の良い者同士だし、けしていじめで笑っているわけではないのだ
運動ができないことを笑ってもよい関係、笑ってもよい空間がそこにはある
自分にとってあそこで起こる笑いは、野球の珍プレー集であるとか、
歩き始めたばかりの子犬がポテポテと歩いていたら足がもつれて顎から地面に滑り込んでしまう姿だとか、
赤ちゃんが積み木のおもちゃをうまく積み上げられなくて崩してしまう様だとか、そういったものを見た時に起こる笑いと大差ないのだ
あのコーナーをよく思わない人は、自分が芸人という人種を良く思っていないから、彼らが笑うことや笑われることが「嘲笑」に見えてしまうだけなのだと思う
また、けして怠けてやっているわけではなく、本気でやっているのにどうしてもうまく体が動かせない、ボールが追えない、そういった人間が本当に存在しているのだ、ふざけているわけではなく全力でやっているのにできない、というのを周知することに役立っている、と思う