2016-09-29

イジメられた人の例

サンプル数:自分自身+友人3人+田舎の兄ちゃん+小中学校いじめられ自殺した同級生1人


イジメられると精神死ぬ。(大人だと鬱病などと呼ばれる、大学アメフトやってた闊達田舎の兄ちゃんが今ではひきこもりだ)

それが思春期の頃であれば、結果大抵がキモイネクラな)奴になる。

それは、周りがそいつコミュニティに加えないから。

コミュニティに入れないのにコミュ力なんぞ育つわけがない。

自分に向けられるのが侮蔑か好奇の視線だけであれば、そいつ社会性は失われて当然だ。

そうして社会にでると、非コミュであることを理由に避けられ

侮蔑され、好奇の視線を浴びせられる。

そして言うのだ、「非コミュキモイ」。


自分たちコミュニティから排斥し続けた相手

非コミュキモイだ罵る精神性は素敵だと思う。


自分を認めるのは大変な事なのだ

自分を嗤わない相手を見つけ、自分必要とされ、その相手を受け入れにゃならん。


硝子ちゃんも、どうやら昔からいろいろとあったようだ。

あの作品世界では、硝子ちゃんの菩薩のような態度は、障碍者としての抑圧から来るものらしいが、

それは将也たちと再会するまで、解消されていない。


聲の形では、すばらしき同級生たちの支えもあり、皆が前へ進む。(当然だ、そういうテーマ創作からね)

素晴らしい世界だ、友情・仲間、感動的だ。

「イイヒト」に恵まれている。

イジメ加害者被害者になり自責に囚われるが、そこから脱するための相手ときちんと邂逅し、前に進める関係修復が行える。

なんて感動的で素晴らしい世界だろう。

この作品世界では、補聴器が何個も壊されるような事態が起こっても、それは本質的イジメではない。

「不幸なディスコミュニケーションなのだ

から、「許す/許さない」の土俵ではなく、「やり直せるんだ」という土俵の上で話が進む。

そして、「やり直せること」に感動して涙する。

人によっては、やり直しが硝子から与えられると認識し、硝子に素晴らしい人間性を見出し涙する。


作品内の行為を、「到底許される行為じゃないだろう、そんなレベルじゃない、ひでぇイジメだぞ」と見る人にとっては、「加害者用の感動ポルノ」だ。

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