2011-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20110904185804

>「親の苦労(主に子育てに関わる家事育児労働など)」と、

>「親の教育の中身(塾とか大学に行かせる費用を出すとか)」は、

>分けようぜ、という指摘になりうるな、と勝手解釈しました。

このあたり話が余計こんがらかって混迷してくるところです

「親が施す養育・世話」と「親が施す教育」と「親がもってくれる金銭的負担」というのがあって、そのどれにおいても「親の苦労」は発生し得ると考えます

といってもこの三者は子の成長に伴って連綿と連なって行くと思うので、分類自体あまり意味がないかもしれないです…。

養育・世話においては、例えば夜泣きをやめないミルクを飲まない熱を出すウンチおむつを振り回す、というような感じで、

それが大きくなると言葉が遅いおむつが取れない注意を引けない話を聞かない好き嫌いする、みたいな「養育」と「教育」の半々くらいに移行して、

さらに大人しくしてない大声で騒ぐ走る宿題しない、みたいなしつけ的な面での教育とか、

教室でお友達トラブルになるとか弟妹を泣かすとかの対人的な教育を要するようになって…という感じですかね。いや対人教育はもっと早い段階でも出るか。

とにかくそんな感じで、はっきり言って親はどのステージでも苦労すると思います。いちいち現状はどうなのか見きわめて何が最適か検討して対処したり対処の仕方を教えてやらないとなりません。

しかも下手したら同じことを何度も何度もですから、疲弊することは容易に想像できます

それらを「親の苦労」と一般的には呼ぶと考えられますし、実際これを耐えるのは尊敬に値するとも言えると思います

しかし、それと「出来のいい子どもは親の手柄」とは直結しないんです


「親の教育」として高等教育の例を出していらっしゃいますが、ちょっとちぐはぐな感じがします。

>「私は中卒です!家に帰ると好きなこと何もできませんでした。弟たちの面倒で手一杯でした!」

これなんて、親が関係ないとはとても言えないでしょう。弟たちの面倒は親が見るべきなので、「親は何やってたんですかね。大変でしたね」という話になります

親のおかげで大学院まで出してもらいました、というのも、親が大学院で教えてくれたということではないと思われますので、親の影響というのが何なのかよくわからないです

親の世話になって、ということですかね?

院まで行かせてくれたということは親の理解と援助があったということにはなりますが、それで親の批判をするなんてずうずうしいとかいう話にはなりません。

親はカネ出さないけど院に行きたい場合奨学金を取るか勉強しつつバイトするか、思い切って一度就職して院に入ることも絶対できないってことではないですので。

なお、文才自体はあまり高等教育と関係しない可能性もあります

基本的に義務教育を終了すれば本は誰でも読めますし文章も一通り書けるようになります、という意味でも、大学出てても文章組み立て苦手な人はいる、という意味でも。

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