2015-04-13

おかしいと思ったことを口にすること

ある集まりSNSに参加していて、参加者には外国人もいるので交流英語。割とまじめな、落ちついた感じの集まり。その参加者の中の、英語ネイティブではない外国人の一人がしんどい

アメリカヒップホップ大衆映画なんかの影響かもしれない、常にghetto的な、"bro"的な言い回しをしようとしていて(説明しにくい。分かりますか?)、

それ自体全然かまわないんだけど時々彼が使う言葉にドキッとする。彼は、hey bitchesとか、hey niggersとか、絶対その場にそぐわないだけじゃなくて下品差別的表現を使うことがある。

今日SNS投稿の中で使っていた。皆「えっ」と思ったり、不快な気持ちだったりはしているのかもしれないけど、誰もそれを指摘しない。

私はアメリカで育って、レイシズムとかフェミニズムとかについて何度も考える機会があった。

女性アジア人というだけで、軽く扱われたり差別されたこともたくさんある。

特にniggerって、歴史的な経緯からアメリカでは黒人ではない人が公共の場で使ったら大騒ぎになるくらいの深刻な差別用語だ。

でも、ここはアメリカじゃない。文化的文脈言葉に対する理解が違うのは分かってる。SNSはClosed groupの設定だからまりの中で私たちが許容する限り誰にも迷惑はかからないという見方もある。

そもそも、他の人に対して使っていい言葉と悪い言葉をどうこういうのは傲慢なんじゃないか。

こんなことをぐるぐる考えたけれど、やっぱり一言言わなくちゃという結論に達した。

彼の発言を正すというより、自分がここで声をあげることが大切なのだと思った。

「うっとうしいかもしれないけど、その言葉一般的差別的だとされていて、私も聞いていていい気持ちがしないから使わないで欲しい」

と書くと、「You got one thing right. (この文の中で1つだけは正しいね)」と返事が返ってきた。

まり、注意した私がうっとうしいと暗に言っているわけだ。

彼がどう受けとるかは私にはコントロールできないことだ。

普段の彼の様子から、こういった反応は十分予測できた。勇気を出して抗議したことが報われなかったことは悲しかった。

誰もこのやりとりに関わろうとはしなかったことも悲しかった。

黙ってればよかった、とは思わなかった。だって、ここで何か言わなかったらアメリカにいるブラック友達に顔向けできないし、何より自分が許せないだろう。

私が誰かのために声をあげられないのであれば、いつかまた私が差別を受けた時、誰が私のために声をあげてくれるの?

人種だけじゃない。国籍セクシュアリティジェンダー、障害、身体的特徴、社会的立場、年齢、趣味差別の種は世の中にあふれている。

皆、差別される側であり差別する側になりうるんだから全然他人事じゃないでしょ。

だれだって間違いは犯す。

だってきっと不適切で人の気持ちを傷つけることを言っていると思う。

それを誰かに指摘されたら、きっと恥ずかしいし言い返したくなるかもしれない。

だけど本当は素直に、ごめん、気をつけるね、で済む話じゃないのかな。

いろんな人がいるのだから今回のことは気にしないようにしようとしている。

でも、意外と傷ついている自分がいる。黙ってればこんな思いをしなくて済んだのにな。余計なことをしたのかな。

いや、個人レベルで行動を起こすのが大事なのだから私は自分がすべきと思ったことをしただけだ。

頭の中でずっと考えがループする。

おかしいと思ったことを口にするのはすごく勇気がいる。そして傷つく。

それでも言わなくちゃいけないことはある。もっと鈍感だったら生きやすかったかもしれない。

友達に話したらきっと肯定してくれて慰めてくれてあなたは正しいと言ってくれると思うけど、そこに逃げたくなかった。

自分の正しさを確認して終わり、じゃなくて、自分もっと考えて消化したい。でも、誰かに聞いて欲しいので増田に書きます。長くなりましたが、読んでくれてありがとう経験を書いたことで既にちょっと癒されました。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん