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はてなキーワード: カウンセラーとは

2009-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20090308132708

そういう手段を一緒に考えてくれるのがカウンセラーだと思うが。

薬飲んでるだけでカウンセリングとかは受けてねーの?

2009-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20090306235806

恋人の前でも隠せなくなってきた。なんでかな。。。もうだめぽカウンセラーをまず探そう。。

2009-02-28

昔話

大学院中退した人の日記が話題になっているようだ。http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733

自分大学院中退したことがあるので、昔話を書いてみたいと思う。といっても件の人とは違い、確固たる考えがあってやめたわけではない。

地方の進学校高校にいた自分は、たまたま勉強ができたので東大に進学した。

東大を選んだのに特に意味はなかった。

自分の成績と照らし合わせた結果、たまたま東大になったという感じ。

(一時期は京大に興味もあったが、数学過去問を見てできる気がしなかったので東大にした)

進振りのときも、将来のキャリアプランなどについては全く何も考えず、専攻を決めた。

キャリアプランについて考えることすら思いつかず」と言った方が正しいかもしれない。

4年生になると、当たり前のように大学院受験した。

働くなんてことは想像もつかなかったし「勉強」は嫌いじゃなかったので、大学院を受けないなんてことを考えすらしなかった。


卒業研究研究室に入ってから様子が変わった。

これまでは与えられたことを勉強していればよかったが、研究はそうじゃない。(指導教官の力を借りつつも)自分で問題を見つけ、解決していかなければならない。

しかし自分は、明確にこれをやりたいというものがあるわけではなかったし、論文の探し方すらロクにわからなかった。

一番の問題は「自分に熱意がなかった」ことだろう。

ある問題に対して寝ても覚めても、毎日毎日考えられるような熱意がなければ、研究はやっていけない。

でも自分は、専攻領域に興味はそれなりにあったが、人生をそれ一筋に染めるような熱意は到底なかった。

卒業研究は、全くのまぐれ当たりで面白い結果が出たので取りつくろうことができた。

M1のときの健康診断で、医者だったかカウンセラーだったかの人に対して「やっていけるか不安です」って答えたのを覚えている。

日に日に、自分の中での不安劣等感は膨らみ続けた。

M2のとき限界に達し、修士論文の中間発表に出たのを最後に全く学校に行かなくなった。(中間発表までいったのにもったいないと思う人がいるかもしれない。でも、ぶっちゃけ修士になってから出した成果なんてほとんどない。卒業発表の焼き直しみたいなものだ)

家にずっと引きこもり続けた。

電話も鳴ったが、全く出なかった。電話が鳴るのが恐かったので、電話線を抜いたりしたこともあった。

その後もろもろあって指導教官と数度話をし、結局、籍だけは3年間置いてもらったものの、研究に復帰することなく退学した。


そのあとどうなったかというと、退学後も半年くらい引きこもり続けたあと、このままやっていくこともできないなと思いハローワークに行った。

自分プログラミングしかできることがなかったからプログラマー募集してる会社を探し、そこで見つけた会社に入社した。

今は最初に入った会社とは別の会社で、それなりに楽しく働いている。


今から考えると、修士を取ることはできないことはなかったのだろうなとも思う。

病院に行って適切な治療を受け、研究方法についてわからないことは何でも研究室の先輩や指導教官に聞くべきだったのだろう。

まあでも過ぎたことだし、修士を取れなかったことに対して今は特に後悔の気持ちはない。

そもそも、研究に熱意のない自分が流れで大学院に進んだこと自体が間違いだったのかなと思っている。

退学という強制ルート変更がなければ就職なんて考えられなかっただろうから、退学になってしまって逆によかったのかもしれないけど。

一連の経験自分が思ったこと。

  • 進路についてちゃんと考えよう。
  • 研究したいという強い熱意がなければ、大学院に行くべきではない
  • わからないことがあったら、誰でもよいので聞こう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
  • うつ状態が続いたら、怖がらずに病院に行こう。
  • 心の支えになるのは友達だったり仲間だったり家族だったりする。その人たちを大事にしよう。
  • 大学院に行くばかりが人生ではない。
  • 人生、大抵のことは何とかなる。

2009-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20090221175345

鬱病だからこうなんだ、鬱病だからああなんだ、と考えてるのが鬱陶しい。

おまえは精神科医でもカウンセラーでもないだろ。

その人自身を見ていればいいんだよ。

2009-02-17

鬱とかそういう系

http://anond.hatelabo.jp/20090216221825

これを見た日にこういう内容を書くとは。

とりあえずブームになってるようなのでこの波に乗るしかない、と書いたら誤解されるだろうけどしったこっちゃない。

何を言わなくても似非メンヘラだと言われ、何か言っても似非メンヘラだと言われるのだから。

同じ阿呆なら踊らにゃそんそんじゃないけど、私の場合は文字にしたり口に出すことで辛うじて発散できるからこうして打っている。

ちなみに普通の発散方法だと発散できない。わがままと取られるだろうが、自分がいいと思った物以外は全てストレスに変わる。

端的に言えば0か100、いや200にも500にもなるだろう。だから避難されるだろが、それを承知で記す。

しかし初めて増田に書き込む内容がこれとは…。予想はしていたが思ったより早かった、そして空前の鬱ブーム。

私の体験談が参考になるかわからないが、何気なく書けるここに便乗し、思いのまま書く。まとまっていないものが出来るだろう。

これを機に理由もなく叩いているネット弁慶の否精神疾患派は心を入れ替えて欲しいし、似非メンヘラは溶けて無くなればいいと思う。

私は去年の夏に鬱病と診断された。それに伴い帰省を余儀なくされ、退社せざるを得なくなった。

したがってもちろん転医した。が、この医者が少々困った人だった。

と言うのもこの医者に初めてかかったのが8月下旬だった。

初めて受診したときはカウンセラーが一時間かけて私の話を聞いてくれた。

紹介状(診断書だが)のおかげかスムースに事は運んだ。

類は友を呼ぶのか同じ病の人とネットを経由して連絡を取り合うようになった。

私はその友人から病気について質問し、また答えを貰った(友人の方が病歴が長い)。

そうして医者と上手く付き合う方法を訊いたし、よくなりたいと出来る限りの努力をした。

ある日、不規則な生活からどうしても抜け出せないと相談すると、医者が薬をくれると友は言った。

心配な私は何度も訪ねたが、症状をよく訴えれば貰えると教えてくれた。簡単だと言った。

後日私は病院へ赴いた。医者にはいつものように生活の事を訊かれた。

これまでは「調子が良くなっている気がする」、とか「薬はたまに忘れるが一応飲んでいる」と言っていた。

私の悪い癖だ。病気の癖に頑張って良い振りをしていた。でないと見捨てられる気がして恐かった。

だが、この日は完全に医者の言うことを鵜呑みにせず、少々反論した。反論と言うよりはありのままを話した。

最近不規則から抜け出せない」、「眠れない、今日も寝ていない」、「感情が抑えられないときが頻繁にあり、その度友に迷惑をかけてしまう」などだ。

睡眠薬は貰っていたが、これが効かない、眠れやしない。しかも眠れる時に限って効き過ぎる、半日はざらに眠る。

そういう事を訴えたが、医者は「生活リズムを調整しては?」、「睡眠薬の量を増やしましょう」とだけ言った。

時間を割いて、臭くてごちゃごちゃして苛々する待合室に長時間待たされて、出来る限り頑張った結果がこれだった。

しかし、医者の言うことは聞いておこう、そう思い私は溜飲を下げ医者の言うとおり努力した。

それから三ヶ月が経った。未だ感情のコントロールは上手くいかず、友人達には迷惑をかけてしまう。寂しくて常時死にそうだ。

当たり前のようにみたく眠れない。正確には身体が悲鳴を上げるまでは眠気が来ても瞬時に消えてしまう。

布団に横になろうにもいろいろな妄想が頭に浮かんで恐くなる。結局一番疲れないで時間を潰せるネットに手を出す。非常に悪循環だ。

薬が欲しかった。ネットで見た情報にはいろいろな薬があった。それが処方された人もたくさんいた。羨ましかった。

もちろん友人もその一人だった。再度友人に指示を仰いだ。するとアピールが足りない、もう少し訴えたら貰える、との事だった。

そうか、自分病人だから後ろめたいと思わず素直に言えばいいのか、そう訊くと友人はそうだと言ってくれた。

そして今日病院へ行ってきた。出来る限りの力で、前回よりも、前々回よりも訴えた。

しかし「言われたとおりに薬を飲まない私が悪い」、だとか相変わらず、「もう少し様子を見よう」と仏頂面。

私もいよいよ堪忍袋の緒が切れた。「言われたとおりに出来ないから訴えている」、

「心が落ち着かない、気が狂ってしまう」そういう事を同様しながら言った。

兎に角おかしくなる、というような事をただただ訴えた。すると医者は呆れた顔をしながら深くため息をついた。

私はいよいよ違った展開になるかと内心期待した。しかし医者は顔を変えただけで言うことは同じだった。

ただ同じ言葉を言う。調子を変えて、少し強めに言う。まるで私は機械と話しているようだった。

いくら病気といえど私だって数年人間をやっているつもりだ。話が通じない相手と話はしたくない。

とりあえずはい、と答えた。目はしばらく合わせなかった、会わせたくなかった。

何も見たくなかった。いっそ倒れてしまいたかった。電源ボタンでもついていればいいのに。

椅子でも蹴飛ばしたい気分だったがそんな気力はもちろんあるわけない。

その場はいつも一礼して退室するのだが今日はしなかった。だって人と話していないから。

処方された薬は受け取らなかった。お金を払うのがばからしい。医者を変えて別の薬を貰おうと決めた。

その話を受付ですると仕事の遅い受付は婦長を呼んだ。しばらくすると婦長が飛んできた。

私を心配していると言うよりは銭勘定の心配をしているような目で私をみて色々と訊いてきた。

何が気に入らないとかどうとか、苛々してよく覚えていない。しかし私が急いでいるというのに長々と喋る女だった。

結局時間めいっぱい取った後私はようやく解放され、診察代だけを払い帰宅した。

この話は別段特別なものじゃない。よくある話だ。現に私は今回二度目の再発なのだが、一度目も何度か転医している。

ちなみに一度目は落ち着いたからいいものの、その医者にはもう関わりたくない。

一度目は軽かったのか、友人や家族に助けてもらったと思っているくらいだ。だから今回だってすごく恐かった。

その事を前もって伝えてあるのに私の心はたやすく踏みにじられてしまった。こういう事を少なからず精神疾患は経験している。

これでもまだ弱者槍玉に挙げて叩きたいのだろうか?それもこれも似非メンヘラの性なのだろうが、奴らは真性の○○すぎて話にならない。

私も多くの人に傷つけられた。職がないとニートと言われ、病気だと言うと恥ずかしくないのかと言われ、認めろ甘えだ、と罵られた。

病気じゃないときの記憶はもちろんある。その時と今を比較して、出来なくなった事を説明すると病気だったらそんな判断は出来ないとも言われた。

何か見えない敵と戦っているのだろうが、私にその鬱憤をぶつけられても困る。挙げ句俺だって苦しい、だからお前も頑張れ、とも。一体何様なんだろうか。

世代的にも様々な教育を受けた者が知り合いに大勢いる。だがどの世代も人の握りの人間しか私を理解してくれない。

そんなもやもやを抱いて日々を生きてきたが今回の記事や、他の某ブログ鬱病の記事を見て、そして今日の出来事でこれを書くに至った。

感情のコントロールが訊かない癖に、それにまかせて書き殴っているため少々矛盾が生じていることをここで詫びる。

だが食わず嫌い精神疾患を判断するのは止めて欲しい。それこそ自分は大人だと思う人、自分のレヴェルが高いと思い、同じ水準を求める人は特に。

自分の目で見て、耳で聴いてから判断して欲しい。自分が大人なら、高いレヴェルなら簡単なはずだろう?

明日は我が身かも知れない。自分でなくとも家族恋人親友がなるかも知れない。それでもあなたは弱者に鞭を打ち続けるのだろうか?

誤解しないで欲しいのは優しくして欲しいという事じゃない。理解して欲しいのだ。病気であること、正常でない自分に苦しんでいることを。

昔の記憶はある。その違いにとても悲しくなるし憂うし自分を責めるし怒る。でも立派な人間なのだ。

勿論似非はわからずこれらをしているわけだから私は彼らを許さざるを得ない。

私たちは極端に言うと別の生き物と思ってもらうのが良い。男と女のように、同類ではあるが同質でない、それが精神疾患だ。

だから常識は通用しない。とっても疲れるし、面倒だ。自分まで気が狂いそうになって、嫌になってその人の首を絞めたくなるだろう。

私も病気になる前はそういう人と接する機会があったから、そちら側だったから気持ちは痛いほどわかる。

だが自分が正常だと思ってこちら側を卑下するのなら、大人だと思うのなら、せめて私たちを理解してからにして欲しい。

わからないのなら素直にわからないと認めて欲しい。私たちはは幽霊ではない。実際に生きている。血も通っている。ものも考える。

四六時中考えろと言わない。けど最近精神疾患について過剰すぎるほどの暴言を浴びるし、見かける。

アダルトチルドレンが増えた証拠なのだろうが、少し多すぎる気がする。私はこんな状況を危惧している。

よりよい未来のために、素晴らしい人間関係の為に、長くまとまっていないが、何か感じるものがあれば一瞬でもいいから考えて欲しい。

あと似非メンヘラは本当溶けて無くなればいいから。法律で賠償請求したいくらい。そのお金医療費充実させたい。

まともな癖に異常なふりをするな大馬鹿者。

2009-02-09

週末に「とらドラ!」の原作読んだけどよ

釘宮理恵ってだけで、アニメ見てた俄かのおっさんだよ。

 

「ある日突然隣のマンション美少女恋愛騒動に巻き込まれる」

的な話が、転じて自分人生の問題になって、

おそらく大団円的な結末に落ち着くっていう、

キレイな「起承転結」の構成だなって思ったよ。

 

最近ラノベでも、ゲームでもよ、

起承転結

になっていない、

お遣いっていうか、その場しのぎの尻拭い系のストーリーが多くて

飽き飽きしてたところに新鮮だった。

まあ、otsune的には「観測範囲が(ry」なんだろうけど。

 

でもよー、

何なんだ、あの、

みんな自分勝手に進むストーリー

 

物語って、普通オラクルがいるわけじゃん。

預言者っていうか、主人公の行動指針を示す役割の人物で、

まあ、ナメック星長老みたいなもんだけどさ。

独身(30)もあんまり首突っ込まないし、

亜美は、ただのトリックスターだし、

誰もが無根拠に物語進めてるのな。

 

ちょっと、おじさんには信じられない感じだよ。

でも、それが現代的なのかもなって思った。

 

それで、思い出したことなんだけど、

年始に祖母がちょっとボケたとかってんで、

嫁つれて父と一緒に父の田舎に行ったんだわ。

 

結論からいうと、祖母は大してボケてなかったんだが、

お店継いで祖母の面倒見てる次男夫婦(父の弟夫婦)が、

ちょっとボケに対して過剰反応しちゃったみたいでさ、

それで、どうしたかっていうと、父はその弟を連れて、

親族の中で「長老」と呼ばれている人のところ行ったんだわ。

そんとき、俺は「自分の父ながら賢いなー」って思ったんだよ。

その長老の私見は実質どうでもよくてさ、

まあ、長老に悩み事相談して説教くらうってのがミソでさ。

次男夫婦には

自分たち夫婦が面倒をみている。

 外野にとやかく言われたくない。」

的なところがあったんだけどさ、

さすがに長老説教くらったら、

多少、状況を相対化できるわけよ。

はてな村民が大好きなメタ視点な。

 

それでよ、話は「とらドラ!」に戻るけどよ、

「無根拠に物語を進めているのが現代的かも」

って、書いたけどさ、

そういう風に、いろいろ言い出せずに、

誰にも首突っ込ませずに、

自分物語進めていくっていうのが、

とらドラ!」の登場人物たちは

なんか仲良いようにつるんで

青春しているように見えるけどさ、

「現代における人間関係希薄化」

共同体の崩壊」

っていう、

すっげぇティピカルネス造語)炸裂だなって思ったんだよ。

みんなさ、自分ひとりで解決して乗り越えちゃうんだよな。

登場人物たち。

そこにさ、オラクルは必要ないわけよ。

 

でも、おじさん思うけどさ、

人生という物語において、

オラクルが必要ないなんてことは絶対ないよ。

うん、絶対ないって言い切りたい。

 

アメリカじゃさ、

自己管理のためにカウンセリングを受ける」

「3人に1人がカウンセリングを受けた経験がある」

とか聞くことあるけど、

日本にもそういうの必要なんじゃねぇの、

人生オラクルが。

 

たぶんよー、

いまだにカウンセリングは「病んだ人が受けるもの」的なさ、

偏見があるから、広まらないんだろうけど、

自分の話を聞いて反応してくれる人がいないとさ、

超ふらふらしちゃうじゃん?

いや、正解を教えてくれなくてもさ、

反応してくれるだけで、

救われるところってあるじゃない?

自分物語に軸というか、

根拠ができるわけじゃない?

 

現代社会みたいに、

ゲゼルシャフトが進みまくるとさ、

オラクル契約関係で、

ようするにカウンセラー

見つけてこないといけないってのが、

寂しい気がするけど、

現代社会だからこそ得なこともあるしな、

そこはバランスだよなって思う。

 

大河がさ、クリスマスプレゼント

恵まれない子供たちに送るシーンでさ、

それでも誰かが見ているから、って、私は伝えたいの

って、言ってるけど、

「おうおう、そうだよそうだよ」って思ったんだよ。

 

xevra先生が、「プリント(ry」っていつも言ってるけどよ、

契約関係でもいいから「見てくれる人」が必要だろ。

「現代における人間関係希薄化」が進んでるわり、

カウンセリングが一般化してねぇから、

わりと問題のなさそうな人でも、

メンヘル系のエントリー書いちゃうんじゃねぇの?

テクノラティ日本語ブログの多さが際立ってるって話があったけど、

カウンセリングが一般化してないってのが

その理由の中にあるんじゃねぇかな?

 

んなわけで、「とらドラ!」面白かったよ。

10巻で終わるらしいけど、

うまく落とし前つけてほしいね。

 

あ、あと、大河派・実乃梨派・亜美派とかあると思うけど、

俺、恋ヶ窪派だから。

 

(後述)

トラバツリーで自分が書いたやつ、リンクしとくね。

続編もリンク

アニメ版が糞で萌えって話への返信。

風俗女の子にだけは、素直に愚痴れる。

というよりも、そこでしか素直に愚痴れない。

なんでだろう?

先払いってのがいいのかな?

こっちは客だ!なにを言ってもいいんだ!っていう気分になる。

医者カウンセラースナックキャバクラも後払いなのがまずいのかも。

まあとにかくとして、俺はいろんな意味で救われないな。

2009-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20090206060501

まだ読んでいらっしゃいますか?

専門家ではない自分意見するのもどうかと思って躊躇していたのですが、やはり私の思うところを伝えたいと思って書くことにしました。

何分専門家ではないので、こんな経験者もいるという程度にお読みいただけると嬉しいです。

私も子どもの頃、一緒に暮らしている身近な大人に数年間虐待されていました(虐待の内容・種類は割愛します)。

当時は「健全関係」というものを知らなかったこともあり、虐待されているという認識すらありませんでした。

虐待されていたことを認識できたのは成人して生活環境が変わり安全な場所を確保してからです。

成人してきちんと事実認識できるようになるまで、私はずっと霧がかかったような世界にいました。

上手く表現できないのですが、自分人生他人事のように感じてしまって現実に起こっていることをきちんと把握することができず、思考が停止してふわふわ浮いているような感じでした。

何と言うか自分を放棄することで何とか精神バランスを保って生きてきたという感じです。

それが、安全な場所を確保して虐待されていたという事実認識すると急に霧が晴れてきて、現実に起きていることをきちんと把握することができるようになりました。

ようやく自分人生を取り戻した、と感じました。そのときの感覚は今でもリアルに覚えています。

だから、元増田さんは今混乱しているかもしれないけれど、きっと昔のことを思い出したことはいいことだと思います。

ただ、私は虐待認識してから6年くらいの間は、かなり自分の中で葛藤がありました。苦しかったです。

でも、私も医者カウンセラーに相談しようとは思えませんでした。

なぜなら、私が虐待されたということやその虐待の内容を知っている人がこの世に存在するということに自分は耐えられないと思ったからです。

守秘義務があって外に漏れることがなかったとしても、その医者カウンセラーには知られている、ということに恐怖を覚えたからです。

その気持ちはずっと変わらず、結局誰にも相談はしていません。

それから子どものころ一緒に生活していた大人(虐待していた人やそれ以外の人数人)に、虐待していたことや虐待に気付いていて止めなかったこと若しくは虐待に気が付かなかったこと(私はきっと虐待していなかった人も虐待には薄々気が付いていたと思っていますが)を認めて謝って欲しい、とも思いましたが結局それも試みていません。

それは、虐待する人や虐待を見逃す人が時が経ったからといってそれを反省するような人間には変わっていないだろう、と思ったからです。

文章がまとまっていなくて、ごめんなさい。

何が言いたいかと言うと、医者カウンセラーに相談した方がいいというアドバイスや、虐待した人にその事実を認めさせて謝らせた方がいいというアドバイスは良く聞くし、多分それは正しくてそれらができるならそうした方がいいと思うのですが、子どもの頃自分保護する立場にいる人に虐待されていた人というのは人を信用するのが困難だったりしてなかなかそうできない人も多いと思うんです。

だからそういう場合は他の解決方法を探してもいいのでは、と思うんです。

参考までにですが、私の場合は「私が子どもの頃虐待されて誰にも助けてもらえなくて可哀相だったことも、それでも何とか生き延びてちゃんと大人になって偉かったことも、全部私は分かってるんだからそれでいいじゃないか」と自分自分を認めて慰めて応援することで、精神の混乱を解決していきました。

それから虐待トラウマに関する本も読みました。虐待トラウマに関してはいろいろな立場や考え方があるようなので、もし本を読むのであれば「中には自分に合わない本もある(けっこうたくさん)」ということを念頭に置いて読んだ方がいいと思います。

元増田さんが心身共に健やかな人生を送られることを願っています。

それから医者カウンセラーに相談することを否定するような文章になってしまいましたが、できることならやはり医者カウンセラーに相談した方がいいだろうということは、強くお伝えしておきます。

http://anond.hatelabo.jp/20090205050352

TBブコメありがとうございます。

 

エリザベスロスタフって人の本は結局読まないほうが良いんでしょうか。

不安なので今は手をださないことにします。

 

私もあそこまで虐待された理由があまりわからないのですが

頻繁に私の母への恨み言を言いながら殴られていたので

その辺のことが関係しているんじゃないでしょうか。

でも個人的には、人間は人を迫害するときには

どんな手間も惜しまないものだと思っています。

その考え自体が、体験から生まれているので、この言葉

体験を語るのは順番が逆だと思いますが。

 

虐待はその後母の知るところとなり、たぶん1年ほどで私は親戚の家に預けられました。

そこでは人並みに扱われましたが、常に他人をおびえる子供だったと

何度か昔話として聞かされたことがあります。

その後小学校に入ったら、やはりそんな習性のせいか

これまた深刻ないじめを受けましたが、それはまた別の話なので。

 

カウンセリングは受けたいのですが、医者カウンセラー

どうやったら信じられるのかがまだわからないので

踏み出すことが出来ません。

ここや2chなんかのほうが信じられるというのは

われながらおかしな心理状態です。

多分自分が誰か判らないから信じられるんだと思います。

 

みなさん、ありがとうございます。特にブコメ

「書いてくれてありがとう」は、本当に救われました。

2009-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20090205023543

けっこう相談に乗ってたからショック。

彼女セックスはおろか手をつなぐことにも抵抗があるからだとか。

それは潔癖症か何か、いずれにせよカウンセラーに相談してもいいレベル

2009-02-03

デスノートネタとは関係ないが

y_arimは自称ボーダーでも前増田が書いてたアスペでもなく演技性だと思う。

「次のうち5つ以上あてはまると演技性人格障害が疑われるようになります。

自分が注目の的になっていないと楽しくない。

他人との関係は、不適切に性的で魅惑的・挑発的な態度をとる。

あさはかで感情を表に出す。

自分への関心を引くために身体的外見を利用する。

感情表現オーバーなのだが、内容がついてこない。

芝居がかった態度や誇張して表現する。

他人や環境の影響を受けやすい。

対人関係を実際以上に親密なものとする。 」

自分の姿を写真等で誇示するはボーダーアスペじゃなくて演技性だと思う。

素人判断だから正確には分からないけど。

白熊先生が判定すればいいんじゃね?

人格障害は治せない」書かれたエントリがあったけど、ホルモンバランスの崩れで起きている事が多いから、投薬治療すれば治る可能性はある。カウンセリング人格障害にあまり効果ない筈。カウンセラーに通うより精神科の方がいいと思われ。

http://anond.hatelabo.jp/20090203032720

2009-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20090202231500

大学の保健センターとか,学生相談所には行ってみたかな?

普通精神科カウンセリングも受けるとお金がかかるけど。(だいたいカウンセリングは5000円/1h)

↑の施設だとタダで受けられるよ。薬はちょっとわからないけど。

そして,同じ大学なので,色々と苦労とかもわかってもらいやすいんじゃないかな?

あと,基本的に精神科医は薬を出す人,カウンセラーを話を聞く人って思ったらいいと思うよ。

とりあえず死にたくなるということを伝えればいいと思うな。無理しないでね。

2009-01-29

[]やる気・人間性とか資格とか

 就活中のとき、どこかの合同説明会で、就職コンサルタントだかカウンセラーだかの人がセミナーをやっていた。私が会場前を通りかかったとき、彼は資格重要性を力説していたようだった。

 「同じような人が2人いて、どちら同じように『やる気があります』と言っている。しかし、一方は資格を持ち他方は持たない。この時あなただったらどちらの人の「やる気」を信じますか。どちらを採用しますか」

およそ上記のような説明であったと思う。

 そのときはなるほど資格というのも大切なのだな、と一つ学んだような気がした。大学就職課の話では資格は飾りであり必要なのは「人間力」だという話であったが資格はそれ以上の存在感ではないか、と。

しかし、こんにちになってこのエピソードを思い出すとき、はて、熱弁をふるったアドバイザーの話のどこに膝を打つようなポイントがあったのだろうかと考えてしまう。

 他の全ての条件がおなじで、飾りがあるか(+α)無いかがだけ違う。この場合、+αの人材が選ばれるに決まっているではないか。もし比べるならば、2つの条件以外は全て同じの人材であろう。すなわち、一方はやる気・人間性は良さそうだが、資格を持たない。他方は、逆にやる気・人間性で今ひとつだが、資格を持っている。

http://anond.hatelabo.jp/20090129003258

力いっぱい愛してあげてください。時には過剰とも言えるほどの愛情表現が意外に効果が出るときがあるかも。特に普段、淡白っぽい人は。

それでも駄目ならカウンセラーの元へ。

2009-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20090123072028

仕事徹夜が頻繁に続き、うつ状態になり一時期回復のために処方された軽い向精神薬を飲んでいたものです。

そのときに医者に聞いたのですが、一回の問診でだいたい2000円、2週間分の薬が800円です。保険適用。

治療が長引けば高額療養費払い戻し制度を使うこともできます。一年万以上負担になることはありません。

うつの時は、日常的なことがさらにうつを悪化させます。 荷物が多すぎて、風が吹いただけで倒れそうになってる感じです。

うつは放置すると、悪化します。 療養するにも適切なガイドラインに沿う必要がありますし、回復するのには数ヶ月から数年間(それこそ10年)かかるケースもあると聞きました。

精神科に抵抗があるなら、心療内科へ。 もしくは、カウンセラーへ。

2009-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20090118014905

>「私はあの時どうして死ななかったんだろう、死んでいれば楽だったのに、死んでいたかった」なんて考えていた自分が許せない、と。

とりあえず、彼女の両親はそう考えた彼女を全部許すと思う。これは理屈抜きで。親になったら分かる類のものなんだけど。

彼女は、亡くなった家族の分まで生きて、幸せになるのが努めだろうと思う。「あなたが守って生かした娘は、こうして強く、幸せに生きていますよ。あなたの死は無駄ではありませんでしたよ。」と言えるほど生きる事。彼女が死んでしまったら、彼女の両親は何のために身を呈して亡くなったのか、その思いを無にする最悪の選択だろうそれはと。「死んだ人の分まで生きる」ってのは実際、重い事なんだ。

問題は、彼女が「両親が自分を許したとしても、自分自分を許さない」と考えていたらお手上げってことで。その場合は、もう「お前が死んだら俺が辛いから死ぬな。」としか言い様がない。

他の人も書いてるけど、高校生だけだと大変(つーか下手すると危険)だから、相談できる専門家ルートを書いとく。

まず、保健の先生。こういう事例に対処するための基本的な知識がある。またそこからの紹介でカウンセラー専門医を探してもらうこともできるはず。

あと、震災孤児のネットワークがないか、ぐぐってみたんだけど、意外と見つからないな。

ひとつだけ、あしなが育英会があった。 http://www.ashinaga.org/house.htm

辛いのを共有できる仲間が見つかるはず。

http://anond.hatelabo.jp/20090118014905

信頼できる大人や専門家に話を聞いて貰った方がいいと思います。

自力で何とかしようとするのはとても危険だし

意見です。

ぼくが「専門家」じゃなくてごめんね。

「生き残ったことへの罪悪感」と、「生き残らせてくれたことに感謝してこなかったことへの罪悪感」。


この気持ちとつきあいながら生きていくのはつらいことだと思いますが、

ぼくが少し希望をいだくのは、そのことを彼女増田に打ち明けてくれた事実です。

言葉にして誰かに話すことが出来て、それを受け止めてもらえたというのは、

PTSDを抱える生存者たちにとって大切な出来事です。

逆に症状をこじらせるのが「甘えるな」とか「同じように苦しんでる人は他にもいる」、「がんばれ」などの類です。

ぼくが思うに、増田がすべき優先事項は次のふたつ。

緊急時に増田がとるべき行動をリスト化しておくこと

彼女自殺の実行をほのめかしたり、誰からも連絡が取れない状態が数時間から数日続いたときが「緊急時」です。

彼女保護者彼女が信頼している大人の緊急連絡先は把握しておくべき。

カウンセラーケースワーカーなどの専門家に相談する。可能なら彼女カウンセリングを受けるよう促す

内容が内容だけに、単純に物事はすすみません。「奇跡」が起こることはないだろうし、予想以上の長期戦になるかもしれません。

彼女がその気持ちとつきあって生き続けていくために、カウンセリングが助けになると思います。

ぼくがここに書けないことも、カウンセリングを通じて見つけ出していくかもしれません。

それと、増田自身も、彼女の話に衝撃を受けてプチPTSD状態になっているかもしれませんし、そのように自覚しておいた方がいいと思います。

つまり、増田にもカウンセリングを受けることを薦めます。彼女を守り続けたいのなら、自分を守る方法を身につけておくのは大切です。

2009-01-16

http://anond.hatelabo.jp/20090115235711

心身症カウンセラー医者が合わないことってよくあるから、ある程度で諦めて変えちゃうのがよい。

まあ短期間で治るものでもないから、見極めの時間は必要だけど。

医者に行けば治るってもんでもないが、メンタルなことは放置して治るものではない。

2009-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20090115235439

不眠症って良い医者にかかれば絶対に短期で治るものなのか?

治らなければどんどん病院カウンセラーを変える。それしかないと思う。

どんどん変えてってそれでいいもんだとも思えないんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20090115234841

不眠症って精神的なことが影響してるんじゃないの?

メンタルクリニックに行くか、心理カウンセラーにかかるべき。

治らなければどんどん病院カウンセラーを変える。それしかないと思う。

でも、かっこ悪くて行きたくないとかいう人多いよねー。もっと気軽に利用すればいいのに。

ちゃんとしたカウンセラーって話を聞くプロだから、会うのすごく楽しいぞ。

2009-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20090114210333

カウンセラー替えても良いのではないかな。

相性ってあるし、想像力のない人間にわざわざ話すこともないのではないかな。

無責任に勧めるわけにはいかないけど。

自分で冷静さを保つためにあえて他人事のように語るという話法はあると思うけどね。

明日は今日とは違う日だよ。

カウンセラーに前回のセッション以降のことを話していて一段落したところで「なんだか淡々としていて他人事みたいね」と云われた。自分自身の感情を受け入れられてないんでないか?という分析をされた。まー・・・そうかもね。自分の感情なんて認めてなんになるんだろう。悲しいとか辛いとか寂しいとか、自分が認めても消える訳じゃないし、誰かが分かってくれるわけでもない。死なない限りこのまま続いてしまうんだ。だったら映画でも観るみたいに傍観していないと、その未来のなさに押しつぶされそうになるんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20090114162018

ちょっと違う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%83%E7%95%8C%E6%80%A7%E4%BA%BA%E6%A0%BC%E9%9A%9C%E5%AE%B3

どちらにせよ、真剣に付き合う気があるのなら、彼女が行ってると言う病院に行って医者カウンセラーに話を聞いてみるべき。

病状・病名や経過を偽ってる場合もあるし、病院も教えてくれない場合はなおさら鬱じゃなく人格障害病気を装ったメンヘラの可能性も考えられる。

正直早期の完治は難しいから、深みにはまらないうちに離れた方が良いと思うけどね。

2009-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20090103201527

ちょっとでも煙たがられたら「何でニートは批判されなきゃいけないの?」とか開き直る奴って結構多い

結構多いって、おまえの周りにはそんなにニートがいるのか?

こういうメンタリティ人間は間違っても鬱病じゃないと思う

なんで鬱病が出てくるんですか?

何て言うかさ、貴族階級俺様に下々の職を宛がおうとは何たる無礼か!クリエイティブ年収500万残業なしノルマなしの仕事差し出すまで働いてやらぬ的な勘違い君ばかり見る。

おまえの周りには(ry

昔の「道楽息子」や「ごく潰し」だってもうちょっと自分が褒められた存在じゃない事に自覚的だった気がするんだけど、

おまえの周りには(ry

っていうか、いつの時代の人?

平等教育個性教育の弊害?

ニートになる原因ってそれしか思いつかないのか。

っていうか、どっちやねん。

こういう感じなので「偏見だらけだな」って書いた。

いや、元増田ニート専門のカウンセラーかなんだったら謝るけど。

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