2024-06-10

anond:20240609163552

『處女』大正3年12月


過去の女より』宇佐美米子

N様、私は今日、貴君がお帰りに成ってから、静かに今日一日の貴方の態度から延いて、今迄の貴方の総てを色々に考えながら、此の手紙書き初めました。

そして私は心から貴方のある落ち着いた馴れた恋を呪わずには居られなく成りました。

貴方はせいぜい接吻の後でさえ、お上手に正確に笛を奏でられました。

私は貴方の其の健全ハートを、涙ぐんだ目を以って凝視て居りましたのに、貴方の笛の音は何の感じも無い様に益々さえて、少しの乱れも少しの慓るえもありませんでした。

私の目からは止めどなく苦しい、悲しみの言葉が流れ居りますのに、貴方の指は面白そうに転々と動いておりました。

そして笛を止めた貴方は、直ぐと二階へ上ってXと話を致しました。

平気で高笑いをしたり、冗談を云ったりして居る貴方は、実に何と云う恐ろしい方でしょう。

私と同じ様にXをも愛す事の出来る貴方は、ほんとに寛大な情に厚い方とでも申しましょうか。私は貴方の其勇気と冷静な態度とに敬意を表しましょう。

貴方は恋には盲目でなければならぬと御仰いました。他に盲目を望む貴方は、同時に其を鑑賞遊ばす位置をお望みなのではありますいか

過去に色々のローマンスを有する貴方は、現在の恋に対しても、冷静に客観するだけの余裕を持って居らっしゃいます

そして過去のそれと比較し、相違の点を見出して鑑賞して居らっしゃるのです。

若しそれが貴方に取って、何よりも楽しい喜こばしい事ならば、私も甘んじて貴方過去の一部を彩る材料とも成りましょう。

けれども貴方は恋に対して余り技巧を用いすぎます貴方が恋を美化し、詩的に見てお楽しみになると云う事は、誠に結構な事で御座います

けれども現在貴方の恋の対象物は、甘い言葉を一途に真に受ける程、初心な感情一方な女ではありません。

私は貴方の蜜の様な言葉を落ち着いて理性を以て判断して見た時に、何処迄が真実で何処迄が技巧を用いて居るのか迷う事があります

そう云う時に私はいつも、貴方過去を考えます。幸いにして私は貴方過去を或る程度迄、可也存じて居りました。

私の手には指にあまる、女の名が数えられます。而かもそれには、皆ある甘い貴方の蔭がうつって居ります

今迄、散々繰り返して来た甘い言葉を、再び私の前で繰り返して居ると思うと、私は貴方のして居るお芝居が、如何にも気の毒な空々しい物に思えて参ります

全く貴方は女に対しては優れた或る技術を持って居らっしゃいます

其の優れた技量に魅せられ、其の手に乗った私は、又貴方がそういう方だと意識しながら引き込まれて行った、私は全く馬鹿で御座いました。

意気地なしでも御座いました。けれども私はいつ迄、馬鹿な私では居りません。

から、ほんとに心から、もう貴方が嫌に成りました。

技巧的な貴方言葉や、恋馴れた貴方の態度に対して、真実要求して居た、馬鹿な私はもう過去の女になりました。

貴方の思って居らっしゃる様な、快楽の為めにする恋のお相手は、真平で御座います

涙のない、不真面目な虚偽な恋には、私はもう堪えられません。

貴方は今迄の様な恋をおつづけに成りたければ、貴方の持って居らっしゃる優れた舞台の、役者を取り替えにならないと、もう面白い芝居は打てますまい。


浮気しとるやんけ。

『處女』大正4年新年


出戻りの此のつらき姉の居る家に何故われの帰り来しか

宇佐美米子東京


離婚してないか

記事への反応 -
  •  文通相手を探していたところ、1914年(大正3年)に出版された少女向け雑誌『處女』(処女の旧字)を発見した。  この雑誌は大正時代の少女が読者投稿を行うものであり、文通相手...

    • 『處女』大正3年12月号より 過去の女より 宇佐美米子 N様、私は今日、貴君がお帰りに成ってから、静かに今日一日の貴方の態度から延いて、今迄の貴方の総てを色々に考えながら、...

    • 言うてこの人は既婚者だから弱者男性の俺の雲の上だしな そして愛情がどうのとか言うけど結局やる事やってるんだろ?

    • つまり、女は下方婚しないし甲斐性もないありふれた話ですよね。

    • 増田に直系の子孫がいそう

    • 怖い、とはちっとも感じなかったが、なぜその表現を選んだのだろうと思った。 「女は怖いんだぞと思ってほしい」って気持ちの置き換えなのかな? 畏怖するなら勝手にご先祖様の文章...

    • 何が怖いのか分からん ガンダムで例えて

    • いうて男友達は居ないオッサンの方が多くない?現代は特に 職場で同僚に嫌われるオッサンは女にも嫌われそうだなってのはあるけども

    • 女は言ったら負けってセリフを思い出した。向田邦子のドラマ「阿修羅のごとく」。 夫の浮気をずっと前から気づいているのに動じもしない妻。最後に浮気相手の女もそれに気がついて...

    • osaka06 いっときますが「処女」は「おとめ」と読みますからね。現代の意味とは違います。 そうなのか各所に連絡してあげた方がいいな レファレンス協同データベース https://crd.ndl.go...

    • なあ、このホッテントリ増田を読んだか? 110年前の女性の投書「女にモテない夫を持った私の感想」 anond:20240609163552   裕福な家に生まれ、金の力で美人の嫁をもらい、いい暮らしをさ...

    • 「女性が下した男性の評価」が女性にとって如何に高く価値を見積もられているかが分かる記事ですね 客観的に観測すると、夫を学がない、人望がない、モテないと散々にコケおろして...

    • 確かに怖い。 でもこれ夫や妻に優しくしないからという話じゃないと思う。(少なくともこの夫は、妻に贅沢させ、しかも当時では珍しく芝居なんかに連れ歩くなど「優しい」タイプで...

    • 味のある文章だな〜。愛はなくても情はあるから気の毒に思うのだろうか。

      • この「気の毒」は8割ぐらい嫌味のつもりでは? 本人の自覚している範囲じゃ情もあまりないと思う、 いうて夫が惨めさで打ちひしがれていたらちょっと世話焼いてきそうな雰囲気もあ...

    • なんで女ってだけでこんなに偉そうになれるんだろうw

    • そこまで言ってやらんでもいいだろ

    • せめて名前は伏せてやれよ

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