2022-03-13

自殺を考えているOLが余命10年という映画を観た話。

25歳。久々に映画を見た。

20歳を超えたあたりから、私は30歳で死のうと思って生きてきた。

生きるのは辛い。可愛くないし、仕事はできないし、頭だって良くない。要領は悪いし友達もいないし、おまけに発達障害の疑いまでかかっている。小さい頃から厳しい家に育てられ、習い事勉強一生懸命努力してきたのに、社会人としての私はぼろぼろで、でもも努力できる気力なんて残ってない。

でも30歳で死のうと決めているからこそ、どうせなら最後に何か一つ自分のやりたかたことを挑戦しようかなと思い、私はあと2ヶ月で仕事を辞めることに決めている。

そんな中で、この余命10年という映画は、あと4年という期間を悔いなく生きるためのヒントをくれるんじゃないかと思っていた。だから、このタイミングで観たかったのだ。

結果として私は号泣したわけだが、エンドロールが終わり、劇場を後にした時、私は感動と共に、妙な虚しさを同時に味わった。 

主人公は全てを持っていた。

彼氏も、やりがいのある仕事も、温かい家族も、友人も。

そりゃ、そんだけ持っていれば失いたくないだろう。死にたくないだろう。明るい未来リアル想像でき、まさに手に届きそうな状況下で、自分1人が死ななくてはいけない恐怖は計り知れないはずだ。

でも、私は違う。何も持っていない。

彼氏やりがいのある仕事、友人、温かい家族

何も持っていない。

何も参考にならなかった。

私はもう一度自分に問いかけた。

残りの4年間をどう生きたいか

答えは出た。

自分の思うままに生きたい。

あの映画ラストのようにもっと生きたいと思って泣くことはおそらくないだろう。なぜなら今がどん底からだ。私の死を泣いてくれる人はこの世にいない。ある意味、私はあの映画勇気をもらった。大丈夫。私はあんな風に生に執着するほどこの世に未練がない。

4年間好きなことをすれば多分資金は枯渇するし、再就職は難しいかもしれない。だから片道切符だ。仕事をやめた瞬間、死へのカウントダウン開始である。でも、それでいいと、それでいいんだと思った。覚悟が、決まった。

生への未練がないことをあらためて教えてくれてありがとうと言いたい。

2026年4月下旬首吊りニュースがもし流れたら、

それは私だ。

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