もうあんまり覚えてないけど、物心ついた頃くらいから既に仲良くない気がする。
箸はこうやって持つんだよとか、スープはスプーンで掬って口元まで零さないように運ぶんだよとか教えても、一向に出来るようにならない。字も、何回書かせても汚いまま。そもそも、出来るようになろうという気持ちがないんだと思う。
逆に右手はすごく良い子。箸の持ち方は完璧だし、スプーンもスムーズに運べる。字だってキレイに書ける。
ある時私は右手に言った。
「貴方はすごく出来る子ね。頼りにしてるわ」
「そんな事ないよ。私だけじゃ出来ない事だらけだよ」
しかしある日、右手が怪我をしてしまった。患部に軟膏を塗らなければいけない事態に発展したのだが、当然右手は自分で塗る事が出来ない。だから左手にお願いした。
すると、患部から軟膏がはみ出てしまった。最初はまあ仕方ないかと思ってスルーしてたけど、結局完治するまでずっと軟膏ははみ出してた。
それでいて
なんて言う左手に対して、私は、
「何も出来ないくせに、なに偉そうな事言ってんの」
「じゃあ、明日は私を使わないで過ごしてみなさいよ」
と言った。
当然出来るだろうと思った私は、二つ返事で了承した。右手はとても不安そうにしていたが、大丈夫、貴方なら出来るよと励ました。
次の日、右手はあらゆる失敗をしてしまった。箸やスプーンは問題なく使えたから、調子に乗ってしまった面もあると思う。
初めは文字だった。右手だけで書こうとすると紙がずれてうまく書けない。失敗した字を消しゴムで消そうとしたら、紙が引っ張られてぐしゃぐしゃになってしまった。
メイクも失敗した。いつも左手が書いている左の眉に対して、「平行眉にしてって言ってるのに、下手クソ」って思ってたけど、右手が書いたのを見て驚いた。平行眉どころか、下手なノの字のようになってしまっていたのだ。
料理もダメだった。途中までは右手ひとりで作業を出来るけど、フライパンが重くて持ち上がらないらしい。少し持ち上がったとしてもプルプル震えてしまい、とても盛り付けのためにフライパンを傾けるなど出来るようには思えなかった。
実際、出来なかった。プルプルと震えていた右手は遂にフライパンを自身から放してしまった。まずい、このまでは料理が全て台無しになってしまう、と焦る私を置いて、左手が咄嗟にフライパンを握ってくれた。
左手はプルプルしなかった。それどころか、盛り付けのためにフライパンを傾けてくれた。右手が小さく「ありがと」と言った。
私はその後、しきりに謝った。最初の方は左手も「何を今更」や「別に謝ってほしくて助けたワケじゃない」などと言っていたが、最後には「まあ、分かったんならいいけど」と私を許してくれた。
左手は何も出来ない訳じゃなかった。フライパンを支える力だってあるし、右手が字をうまく書けたり消しゴムをかけたりできるのは左手が紙を抑えてくれているからだし、眉を書くのは不器用なりにもすごく気を使って、何度も練習してくれていたのだった。
確かに左手とはまだあまり仲が良いとは言い切れず、わだかまりが残っているけど、これからは積極的に左手に話し掛けたりして、仲良くしていこうと思う。これからもよろしくね。
みんな利き手使うらしいけどわいは毎日左手でしこってる