3行で言いたいことを伝えろというのなら、増田のタイトルと一つ上の行を読み直してくれと言いたい。
それは次の瞬間の自分に対してもだ。
昨日食べたご飯の内容を思い出して、味を舌の上に再現してもそれが100%にはならないだろう。
「フフン、俺はそういうの得意だから美味しさが120%再現されるぞ❥」と自慢したい人もいるだろうが、ある部分が120%になってしまっている時点でそれは精度的には100%の再現からは程遠いということを理解して欲しい。
逆を言えば、定量化できないようなものを相手に100%伝えることは絶対に不可能だということだ。
そして、一見すれば知識として変換できたようなものでも、お互いの使う言葉の定義などによりいくらでもズレが出る。
日本語の使い方は人によって全く違っていて、たとえば背の高い人という言葉を使った時にどれぐらいから背が高いと定義するのかは人によって結構な差が出てくる。
これが外人とかになれば全く違ってくるわけで、生きた時代が違う人間の価値観や肌感覚は時に同じ時代を生きる外国人なんか目じゃないぐらいに誤差が出てしまう。
それはまるで地獄のような、といった文学的としか表現しようのないものを持ち出すのなら、もはや意味が全く通じない可能性すら考慮しなければいけない。
共通の知り合いであっても、お互いの認識するイメージにある程度のズレが生まれるのだからあったこともない人間を正確にイメージするのは不可能だ。
僕の知り合いのこの人が実際そうだったじゃん、つまりさ、分かるよね?はまずまともに通じないと思っていい。
多少は分かるかも知れないが、多少で止まる。
それ以上を求めるのなら、お互いが知っている人間を持ってこなければどうしようもない。
経験を経験のまま語っておいて、それが通じると思ってはいけない。