2019-06-03

未熟

私には、憧れの人がいる。

恋とかではなく、素直に憧れている相手だ。いつも楽しそうに小説を書いていて、ストイックで、歳上で、私とは全然違う。

あんなに真剣感想のお手紙を書いたのは初めてだった。

どうしても気になった数点を除いて、私はとにかく褒めちぎった。素直な気持ちで褒めていたし、なにより、私なんかには悪いところなんて見つけられなかった。

いつも楽しそうに、でも真剣に、一生懸命に書いていた。時々悩んで、ダメダメだと漏らしながらそれでも書いて書いて書いて、書きたくて書いて本を作っている人で。その一生懸命ちゃんと届いていると伝えたかった。

私は、まだ働いてもいなくて、自分に甘くて、書くことがうまくいかなくて辛くなって逃げるときがたくさんある。

そんな私に、憧れの人の本から悪いところを見つけて指摘するなんてできなかった。見つからなかったし、たとえ見つかっても、こんな未熟者が言ってもいいなんて思えなかったと思う。自分なんかが口を出していいことじゃないと思う。

私が送った感想のお手紙でした指摘のうち、覚えているのは3つだけだ。

ひとつは、誤字。誤字というか、変換の都合だった。ゆするとねだるが、どちらも漢字になっていた。どちらも漢字だと【強請る】になる。そういう感じで、ちょっとこれはまずいと思った。

ひとつは、季節の都合だった。秋に咲くはずのない花が咲いていた。これも、ちょっとさすがにまずいと思った。

他にも、誤字や表記揺れくらいのことならいくつか書いたような気もする。そういう、明らかな問題以外は言わないよう努めた。表現というのはこだわりがあるものだろうから、できるかぎり立ち入らないようにした。

それでも、もうひとつは、表現に関わることだったから、書いてもいいのかわからなくなりながら、結局書いた。

言葉が古かったのだ。世界観には合っていたのだけれど、保育士さんを保母さんと書かれるとどうしても気が散ってしまった。しかも、世界観に合っているとはいっても、べつにその世界が古い時代というわけでもないのだ。むしろちょっと未来かもしれなくて、私が小学生のころかもう少し前くらいに淘汰されてしまったその言葉未来物語を読むのは、素直に気持ちが悪かった。ただ、きっと意図があったのだろうと思って、否定するつもりがないことを添えてできるだけ丁寧に書いた。

お送りした感想たちは、とても喜んでもらえた。嬉しかった。相手が作ってくれたすてきをすてきだと思えたことを伝えられた。一生懸命書いてくれたものに報いれた気がした。

でも、ダメだった。

私のやり方は、よくなかったらしかった。

いつもストイックで、自分なんて自分なんてってなってるところに、あなたはすごい人なんですよって素直に言い続けた。好きなんだって素直に伝えた。あなたが思ってるよりあなたはすてきなんですって、めげずにずっと言った。

相手には、それはただのぬるま湯しかなかったそうだ。

あなた肯定され続けるのは違う」

「褒められるのは困る」

違う意味だったかも知れないけれど、そんな風に刺さってしまった。正しく理解するために読み返すことすらこわい。

あなたあなた否定し続けるのが辛くて、肯定し続けた。

あなたあなたを認めないぶん、私が褒めた。

あなたが高みを目指しているのはわかっている。でも私には何もできない。

私とあなたは多分友達だと思いますあなたがいやがらなければそう名乗りたいです。でも、小説を書く人間としての私とあなた全然対等じゃないし、対等になれると思っていないし、対等になりたいわけでもない。ゆるされるなら、私はずっとずっと上にいるあなたを見てがんばりたい。私はずっとあなたの下だから、何もえらそうなことは言えない。

ただひとつあなたよりうまくできることは、あなたのいいところを見つけること。

私には、あなたを認めることしかできない。

すごいことを素直にすごいと言って、正直にすてきだと言って、あなた肯定して、それで時々、本当にまずいと思ったところだけ伝える。私には、そんな当たり障りのないことしかできない。

言葉が古かったと指摘したその文があなたの中にわだかまっていたことを知っているのに、教えてもらったのに、それでも引き続いてあなた表現に口を出すことなんてできない。

私は、どうしたらよかったんだろう。

書き終えたファンレターを送っていいのかすら、判断ができない。

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