小学校高学年くらいからずっと漫画が好きで今まで沢山の作品を読み、触れてきました。中学生にあがると絵のうまい同級生が何人もいて私もこんな風に描きたい!と授業中もこっそり落描きばかりしていたのを覚えています。高校生になると下手ながら漫研にも入り絵を描く機会がもっと増えました。
しかし専門学校に入学したあたりから現実での人間関係のトラブルや友人間のいざこざ、資格の勉強などで絵を描くことすら忘れ兎に角どこかに、誰かにしがみつくような必死な精神状態で生活しました。
そして早いことに社会人となり心にもお金に余裕が出た私は必要な道具を揃えまた絵を描くことに戻ってきました。沢山の人とSNSで繋がれること、お互いの作品に反応をし合えること、専門学校の人間関係に疲れた私にはそれが楽しくて、ああここが私の居場所なのだと、まるでそこが現実でもあるかのような感覚でいました。それが今となっては大きな過ちでした。
とある人とのトラブル、心にも無い第三者からの言葉、仲の良かった人からの裏切り、このようことが立て続けに起き、生きる場所を失ったような感覚を覚え心身ともにボロボロになっていました。
その時、体調を崩しとても辛そうにしているにも関わらずそんな私を心配し励ましてくれる母親の姿を見て私は本当に大切なものに気が付きました。
昔の私にとって絵を描くことは友達同での見せ合いっこ、楽しみのひとつでした。しかし最近の私にとっての絵を描くことは単なる逃げの手段であったのだろうと思います。勿論ストレス発散として趣味に没頭するのは大賛成です。けれど私のそれはそうではありませんでした。現実の大切な人の存在から目を離してまですることでは絶対にありませんでした。
私ももういい年齢です。こんな当たり前のことに今更気づくなんて…。
うんち
本当に大切なもの、に出会えたのですね。 絵を描けるひとは、仕事や地域活動で重宝されるよなあ。意匠以外にも、パワポとか、看板とか、回覧板とかでも。技能は宝。活かす場所次第...
あっそ