32歳男。彼女いない歴7年。
今は、趣味に生きている。
多趣味な方だが、メインの趣味はとあるマイナースポーツ。5年ほど続けている。
腕前はセミプロ級といったらいいか。アマ限定の大会なら入賞から優勝、たまにプロにも勝つ。小さいながらスポンサーもいくつかついた。
「明確な生きる目的があるって羨ましい」「充実してるね」
お世辞か嫌味か社交辞令か、こんなことをよく言われるが、どうもしっくりこない。
「明確な生きる目的が有あって羨ましい」
別に生きる目的なわけじゃない。好きなことに対して大人の頭と金をもってコミットしたらこうなっただけだ、と思っている。
「充実してるね」
大きな大会は3年後くらいまで見通しが効くので、必然その前三ヶ月の週末をどう使うべきか決まる。
すると常に今週末なにをすべきか、次の昼飯になにを食うべきかが論理的に決まっていく感じはする。それが実行できるかどうかはともかく。
こうしてみると、スケジュールはたしかに詰まっている。しかし、これを充実しているというのか?
振り返ると、自分は趣味自体が楽しくてやっているというより、自分の時間がなにか対して明確に志向している状態が心地よくてやっているような気がしてきた。
この趣味に目覚めるまで、自分は寝ていたような気がする。体のパフォーマンスの低下は感じているし、これ以上トレーニング量を増やしていくことはあまり現実的ではない。
現状も仕事との両立がギリギリだ。「健康的スポーツ」レベルまで競技レベルを落としてゆるく続けようと決断する日は遠くないだろうと思う。
しかし、そうなったら次にハマれることを探すだろう。
ここからが本題だ。これは煽りでも何でもない。自分は(共通の趣味がない)他人を観察する力がないことは自覚しているので教えて頂きたい。
上であんなことを書いたが、自分がこの趣味に対してコミットしている熱量なんて、大したことがないと思う。
人生の全てを100とすると、せいぜい60くらいか。それも大きな大会の前だけ。普段は50、いや45かな。残り20が仕事で、残りは無駄に排熱している。
80くらいは投入している人にもたくさん出会った。それでいて、仕事にも50、60投入しているように見える。
切り替えが上手いというよりエネルギー量が違う。彼ら彼女らには尊敬しかない。
しかし、世間で出会う人の大半は仕事以外のことの何にエネルギーを投入しているのか、見えない。仕事に100か80か投入している人はもちろんいるが、稀だと思う。
日常生活を送るだけで大変なんだよ、と、それはもちろんそうだがそれは皆やっていることだからなぁ。
皆さんのエネルギーの使い方を教えてください。
自分に見えないものをdisるのに残りの30ぐらい使ってるでしょ。 俺はこういう自分が気持ちよくなるためだけに他人を引き合いに出そうとする動物に対するセンサーを磨くのに50ぐらい使...