今までいろいろな焼き方試した。実は長年ステーキ店で働いてた。
そこで教わる基本は肉を常温に戻して、強火で焼き目をつけてから弱火で火入れの調整をするという神話。
レアが理想って誰もが言うのだから、レアが冷たければ興ざめだ。
それが極上だと教わったし、それを信じていた。
でも、先日見たパル先輩のステーキの焼き方を、ついさっき実践してみた。
はじめは興味本位だった。
いままでパル先輩のことは、すごいけど異世界の人だと思ってた。あんな真似は普通できない。
でも先日のステーキはできそうだった。
同時期に話題に上がってたブログより、直感的においしそうだった。
今まで食べた、どんな高級店より味が良かった。
焼き方?最初にフライパンに油を多めに敷く。自分でもやりすぎると思った。
蒸し焼きの湿気が嫌だからフライパンで三日月を作って油が飛び散るのを禁ずる。キッチンの掃除は嫌い。
見つめてるけど絶対に触らないで肉の側面の色が変わるのを待った。肉からメッセージを感じたからひっくり返す。
もう一度合図が来たら、いつもなら完成だけど、今日はまな板に肉に待たせる。忍耐が味に変わるのかどうか興味があった。
肉が呼ぶ声を無視しながら、フライパンの油を捨よう。そのまま捨てると火事になる。キッチンペーパーを湿らせてフライパンを拭き取って、ゴミ袋に捨てる。
フライパンをコンロに戻してもう一度強火。肉に再び強火のストレスを強いる。
金属が悲鳴を上げ続ける音で肉が更に追い込まれることがわかる。側面の色が淀み外側から熱がじゅうぶんい襲いかかっているのを目で確認する。
悲鳴を無視しつづけながら5分待つ。肉を裏返すと表面から色素が失われていることがわかる。
同じくらい色素が息絶えるほど、もう一つの面にも容赦なく熱を加える。
脳がいまだと叫ぶ声が聞こえたと同時に、肉をまな板に逃がす。
熱から逃れた肉を容赦なく切り刻む。こいつにこれ以上の熱はいらない。切れば切るほど熱は逃げる。
バラ色の断面を目にした時、尊敬と畏怖が全身を襲う。
一切れを口に運ぶ。外側の焦げた歯ごたえと香りの直後に、内側の甘みが襲いかかる。
今までの火入れでは感じたことのない感動。
筋肉ばかりのアメリカンビーフに、魂が宿った瞬間。私の中でパル様が神だったのだと実感した瞬間。
もうこの作り方以外はステーキと呼べない。世のステーキ店は自分たちがどれほど肉を冒涜してきたかを心の底から悔いるといい。
今も甘美な余韻が頭を離れない。