始めに言っておくが、包括的ではない極論。
コミュ障はコミュニケーションを必要としていないからコミュニケーションが上手く図れない。
アスペルガーなどの先天的、おそらく器質的なコミュ障は改善が難しいのかもしれないが、
いじめられて、自分を抑圧する環境下で生きてきて、自分に自信がない、自己主張がない。
これは結果だし、現在の状態。自己主張がない→相手の顔色を窺う、相手に媚びる。
相手の顔色を窺い、媚びる人間にコミュニケーションは不要なもの。
本来、コミュニケーションは相手を究極には分かり合えない、自分と他人は全くの別物、でもそれを知ってほしい・分からせたいという前提から成り立っている。
この分化が出来ていない前述したような人間は、まず相手が何を考えているか、自分をどう思うかを、保守的に極めてネガティブに邪推する。
この時点で、相手に自分を知ってほしい、分からせたいという気持ちはまずない。
そして、自分がこういったら相手はこう思うだろう、それを保身的に邪推しがち。
これが何を生むかというと、
「本来相手の考えは分からないからそれを言葉でやり取りする」ところを、
相手の気持を自分で勝手に想定してしまうことで、コミュニケーション(言葉を通じたやり取り)が不要になるという事態だ。
単純に話すと、
昨日◯◯見たんだよね、めっちゃ面白かった→ああ、あれ面白いよなw(同調)
面白いと言っているからそれに同意しようとする、、、「相手の気持に共感しよう」と謳う会話のハウツー本は多いが、これをしてしまうと会話は盛り上がらない。
昨日◯◯見たんだよね、めっちゃ面白かった→え、◯◯? 俺も見たわw→見た?あの◯◯なシーンめっちゃウケたわw→あーあそこねw
面白いと感じるポイント(物事にどういう感想を抱くか)は人によって違う、まず自分のそれはさておき相手のそれを知るのがコミュニケーション
自分がさほど語る内容がないのに、それに対して、好き・嫌いだけを出してしまうと、話がそれ以上深化しない。
だから、相手の価値観を勝手に自分のそれと同一化してしまう人にコミュニケーションは取れない(そもそも必要ない)。
まず「何を話そうとしているのか」を言葉のやり取りで拾うだけで、キャッチボールは成立するし、ゆえに会話は弾む。
そもそも俺もコミュ障だった。でもひょんなことから営業職に就いて、そしたらどんな話題も仕事に活かせるし、誰のどんな話でも興味持つようになった。
こういう当たり前をドヤって指摘するバカの大半は他人がなにを優先してるのか考えてないんだろうな どうでもいいザコ相手にコストをかけないのは当然
絶対に裏切らない人が欲しい これ叩かれてぐぬぬとなった著者がおおげさに書いてそう とりあえず作家の意図したモノが丸見えだとつまんないな 思想が透けて見えるのくそだっせーわ...
申し訳ないけど、別人です。。
おっキチガイか?と思ったけどリンク見たら確かに似てる
http://anond.hatelabo.jp/20151007224644だけど 別人なんだ。ごめんよ。