2014-04-18

自分が損をすればいいんだ」と思ってる奴(俺含)

同情が欲しいんだよな。

「頑張ったのに見返りがそれに見合わない」なんてことが続くと、「何でこんなに頑張ってるのに見返りが無いんだろう」って思うようになる。

からといって「見返りが少ないんです!」なんて堂々と要求すると叩かれる。

から「今までより更に見返りを求めずに頑張る」ことで、周りが「あの人だけ損してる。かわいそう」という空気が流れるのをひたすら待ってるんだよな。

でもなあ、そうはならないんだよなあ。

ただ単に搾取されるだけなんだよなあ。

下手すりゃ、頑張った結果体壊したら逆に「自己管理能力がない」って言われるんだよ。


そういう時、マンガでは主人公が一発逆転のアイデアを授けるんだよな。

そうしてそれが成功して、真面目にやる人がそれなりの見返りを貰う世界へと変貌する…

ところがねえ、マンガでは「真面目にやってるのに報われない人」ってのは間違いなくいい人と『読者』から認定されるけど、

現実の読者である『他人』はそうは思わない事が多く、逆に「真面目にやってるからこそむしろタチが悪い」などと批判される格好の的になるんだよなあ。

何故格好の的になるかって、そりゃあ…

例えば、あなたが「お前が悪い」って言ってとある人間を殴ったとしよう。

そしたら「お前のほうが悪い」と殴り返してくる奴と「そうだ俺が悪いんだ」と自分を殴る奴、戦うならどっちのほうが勝ちやすい?

って聞いたら、間違いなく後者を選ぶだろう。


「真面目」と「自傷的」は違うってのは、はい、そのとおりです。

「真面目な人」の中にも、理不尽行為をされたら断固として抗戦する人間もおります

それは間違いなく正しいと思います

正しいと思います、が

が、しかし、

ここ日本では「和」を重んじるが故なのか、何かと「争い」に対して非常に厳しい目が向けられておりまして。

喧嘩両成敗」「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」

などと、「争う人間は愚か」という風潮が、未だになのか、むしろ今まで以上になのか、はびこっています

争いは避ける事こそ最上の「賢」である、ということですね。

見知らぬ相手が突然殴りかかっても、争いを避ける事が「賢」。

無理ですよ。

かつて孔子が「城壁必要ない」と言ったのと同じような気がしますね。

理想論です。現実には則しない事が多いです。


ではなぜ理想論が「風潮」としてはびこっているのかというと、日本問題でよくある「体裁・暗黙の了解」ってやつですね。

刑事裁判は「疑わしきは罰せず」の「体」であるが、現実においてはどうかといえば…

パチンコギャンブルでは無いという「体」、ヤクザ日本社会にとって悪だという「体」、などなど

どれも現実とは違います

これを上記の「争い」で言えば、争いは避ける事こそ最上の「賢」である、という風潮は、実は「体」なんですよ。

実際はいろんなところで争いは同時多発してますし、上記の風潮が守られてるのかどうかといえば、間違いなく守られてはないでしょうと言えます

じゃあ、ガンガンあらそえ!なんて言っていいのか思うと、それもちょっと気がひけるというか。


タイトルほっぽり出して変なこと語っていましたが、

要するに「自分が損をすればいいんだ」と思ってる奴(俺含)は、多分恐らく自信はないが、「体」に縛られてる気がすると思うんですよ。

自分が損してる原因である理不尽行為をしている奴に「お前が悪い」と言えば、そいつは「『お前が悪い』とは何だ!」と言い返してくるやもしれません。

そして、俺を無下に扱うための都合の良い「体」を並べて、反論してきます。「先輩に逆らうな」とか「理解しないお前が悪だ」とか。

でもそれ、ほとんどが現実に即してないウソの可能性が高いと思います

そのウソを突いて、論理破綻を見つけ、相手の悪事をばらせば、それ以降理不尽行為はなくなってうまくいく…


はずがない。はずがない。

人間歴史上、こんな問題はあまたの人間が考えてきて、その結果真の答えは出てないんだもん。

俺ごときに分かるはず無いさ。


あ、これも「体」か。

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