2013-06-30

ビッグデータ云々

Suicaの利用履歴を分析したものを商用利用するって話について、賛否両論になっているけど、私はこれは非難して当然の話だと思う。

その理由は、プライバシーとかではなく、これが集中と選択のために利用されるという点そのものだ。結論から言うと、公式なビッグデータ提供は、特定箇所での過剰競争と、利用者全体でみたとき生活の質の低下を招く。

もちろん、企業利益を最大化するために集中と選択が重要だというのは間違っていない。だが、いくら昨今注目されている手法を使ったところで、データによる集中対象の選定というのは、分かりきった結論の補強にしかならない(プラス、一面的で近視眼的でもある)ことが多い。

それ自体はよく知られたことだが、わざわざお金を出して買う以上、それを重視した行動をとらないと損だと考えてしまうだろう。

結果、データを購入した企業は、必要以上に人口密集地や定番商品への傾倒を深めてしまう。(しかJRのものからの「公式」情報なのでブレがなく、各社同じ結論を出してしまう)

そうなると集中された部分で過当競争を生み、除外した部分で不足を生む。販売されるのはSuica情報なので、地域格差特に悪影響があるだろう。

今まで人口密集地でなくても生活に問題ない程度には便利だったところが、提供サービスの減少によって困難を覚えることの多い場所になり、逆に密集地では過剰なまでのサービス提供が行われるようになる。

利用者が単に消費者であるのならプラマイで大して問題ないと思うかもしれないが、利用者は少なくない割合で勤労者でもあるので、その場合は「公式」情報による「最新で最高の」見込み売り上げに基づく販売目標、を達成すべく重点市場ターゲット労働することになる。

しかし、同じデータをもとに参入した競合が多数いる状況なので、当然目標は達成できない。畢竟、ストレスフルナ職場で勤務するという状況を強いられる。(その一方で赤字にならない程度の採算でまったりやっていた職場というものは姿を消すことになる)

勤労者にとってはただ迷惑な話だし、企業にとってみたって、結局ビッグデータなんていうのは、競合を出し抜かないと価値はないのだ。

では、せっかく蓄積されつつある電子データなのに秘匿しておくべきなのか、というとそれも違う。

競争と隔絶した単一者、公共セクターの活動を評価・改善するために積極利用するべきものだろう。

公共施設の料金支払いをSuicaでできるようにしたり免許証見せるようなとき任意で一緒に押してもらったりして、交通網との関連を調べたり、新規に計画を立てるとき効果予測のために活用すべきだ。

(若干バイアスがかかってしまうのが問題ではあるが、現在公共事業の利用予測はこれ以下がないぐらいずさんなので悪化はしないだろう。)

だけどこういう系は図書館ではやらない方がいいような気がする。なんとなくだけどそう思う。

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