はてなキーワード: 語幹とは
これが「カタカナ平仮名ではなく語幹と活用語尾という分解」だと説明した後で
低能はわざわざもう一度「語幹と活用語尾という分解だと言っているのか?」と質問してきたけど、あの質問なんか意味あったのか?w
というとんでもなく低能極まりない主張でもなければ「エタる」が差別用語を想起するのであまり使わない方がいいのではなんて発想にはならないわけで。
その後のエターナルはどうこうというのはまさかそんなド低能でしか思いつかないような主張をしているわけではないよな?という確認作業であるわけで。
に対する主張というのが「言葉の語幹にエタという音が入っているから差別に当たる言葉を想起するのであまり使わない方がいいのでは」という事で間違いないのかな?
http://d.hatena.ne.jp/tvhumazu/20140420/p1
自発的表現
五段活用動詞の「未然形+さる」、上一段・下一段活用動詞の「語幹+らさる」 共通語には存在しない自発的表現となる。一部の特定の動詞で用いられることが多く、「進んでそうしようと思っているわけではないが、状況が自動的にそうしてしまう」という心情を表せる。
●この本面白くて、どんどん読まさる。 - この本が面白いので、どんどん読んで(読めて)しまう。
●この塩辛旨くて、ご飯たくさん食べらさる。 - この塩辛が旨いので、ついご飯をたくさん食べてしまう。
ふむふむ。
このチンポ気持よくて、腰動かさる。 このチンポが気持ちいいので、腰が動いてしまう。
俺はゲイでもホモでもないし、ましてや肛門愛者などでは全くないのだが、それでも日本に置ける『アナル』という言葉の浸透具合には正直非常に興味がある。『anal』とは英語で『肛門の』『けつの穴の』という意味の言葉で形容詞だ。名詞などではない。『肛門』を意味する名詞は『anus』つまり『アヌス』という言葉だが、こちらよりも『アナル』の方を使っている肛門愛者の方が多い。例えば『アナルセックス』という言葉はそのまま『肛門の性交』という意味で通るのだが、『アナル最高!』という文章は『けつの穴の最高!』という文章になってしまい意味が通らない。文法的には全くおかしいはずの使われ方をされているのだが、その違和感を指摘する人間はあまりいない。その理由は、『アヌス』よりも『アナル』という言葉の方が、日本語の語幹的に非常に使いやすいからだろう。まず『アナル』という発音の中に『穴』という、肛門を如実に連想させる文字が含まれているということ。次に『アナル』という言葉の響きが、日本語の動詞に比較的多い『○○る』の形になっていること。次に肛門愛者にとって『穴』+動詞の形が、『穴に対して何かをやる』という意味を連想させて非常に使いやすかったということがあげられるだろう。対して『アヌス』という言葉は、『アナル』に置ける活用語尾の『~~る』の部分が『~~す』になっており、旧文体のような印象を受ける。「我、致す!」みたいな。「我、主(ヌス)の穴に致す(ス)!」みたいな。非常にとっつきにくい。そのようなイメージもあってだろうか、名詞の『アヌス』よりも、形容動詞の『アナル』が市民権を獲得してしまうという珍現象が起こってしまったのだ。しかし考えてみれば、日本だけではない。確かに日本は『マシン』を『ミシン』にしてしまったが、形の良さに惹かれて『朝鮮』という漢字をタトゥーを入れてしまったアメリカ人もいる。こういったクレオール文化はどこの国にもあるんだろうね、きっと。しかし何で僕はこんなに肛門のことが気になるのか。肛門性格だからかな?
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はい、おかしいですね。
おかしくない。というか、どこがおかしいと思ったんだろうか?
確かに元の文章中の「ご覧いただく」はおかしいと言えなくもない。
ここでの「いただく」は動詞の連用形またはサ変動詞の語幹につく補助動詞だ。
「ご覧」の部分は「ご覧ず」(「見る」の尊敬語)であり、その連用形は「ご覧じ」だから、これに「いただく」を付けるならば「ご覧じいただく」が正しい。(なお「御覧ぜらる」という表現もある。)
(なお「ご利用いただけます」は「利用する」というサ変動詞の語幹(「利用」)に付いてるから、こっちはおかしくない。)
だから「見てもらう」を「ご覧いただく」と敬語表現にするのは間違いと言いうる。
しかし、元増田が「敬語を使わない表現に直し」た文を持ち出して「おかしい」というからには、その「敬語を使わない表現」に誤りがあるのでなければならないのだから、敬語表現化の誤りは増田の指摘の射程外となる。
ところが、この「敬語を使わない表現」が「おかしい」という、その部分がどうにもわからない。
元増田が違和感を感じた理由を推測するヒントは「修正」にある。
元増田の修正案では、「見てもらう」「利用してもらう」が「見る」「利用できる」に「修正」され、主語が「私」から「あなた」に変更されている。
どうも、元増田は「あなた」の行動について「私」が主語になることが耐えられないのではないかと思われる。
しかし、「あなた」しか現れない文章では「私」の謝意が表せない。
しかるに、「〜していただく」や「〜してもらう」は、相手の行為で自分が利益を受けるという関係性を表現し、以て相手の行為を承認・称揚する作用を持つ。それゆえ、謝意を表すために主語を転換し登場人物を増やすために用いられる。日本語では普通に行われていることだ。