2021-04-21

[] #93-6「栄光の懸け箸」

≪ 前

そして、これも弟たちだけの話では終わらない。

このやり取りを学級内でやっているということは、教員達の耳にも必然的に届いた。

まり、今度は教員保護者の間で箸の持ち方談義が繰り広げられることになる。

子供達が箸の持ち方ひとつ揉め事を起こすのは、授業での教育が不十分だからですよ」

教育必要なのは一理ありますが、この件はどちらかというと我々の管轄外だと思うんですよねえ」

給食時間だってあるわけですし知らん顔とはいかんでしょ。あれだって、ただのランチタイムではなく教育の一環ですよ」

モメるのは決まっていた。

しかも、弟たちより年上で知識も語彙も多く、コミニケーションの妙も理解できる同士だ。

そのグダグダっぷりは俺たちの時の比じゃない。

「やはり家庭科の授業等で、しっかりと時間をかけて教えるべきでは? 一時間、二時間はいわずワンシーズンくらい」

「箸の持ち方だけでワンシーズンですか? 他にも教えたいことがあるのに」

「なんだったらオールシーズンあってもいいですよ。将来、料理裁縫は避けられても、食べるために使う箸は今後も確実につきまとってきます

「うーん、でも個人資質もあると思いますし。同じことを無理やりやらせるのは、昨今の潮流を無視しているといいますか。みんな違って、みんないいの精神でいきませんか」

多種多様人間がいる中で社会を回すためには、時に同じことが求められる。それを学ぶための義務教育、その場所としての学校しょうが

大人たちは一回りも二回りも歳を重ねているから、当然ながら箸を使ってきた回数も遥かに多い。

その分“拗らせレベル”が高まっているんだ。

そんな中で繰り広げられる談義は、俺たちのディベートもどきや、弟たちの口喧嘩とはワケが違う。

「まあ、先生が渋る理由も分かりますよ。生徒に箸の持ち方を教えるためには“必要条件や十分条件”が必要ですからねえ」

「……私としましては、箸の持ち方ひとつ他人にとやかく言わないよう教える事の方が大切だと思っていますので」

道徳の授業でマナーの大切さを教えているのに、箸の持ち方は自由しろでは通らんでしょ。子供はそういう不合理に敏感ですぞ

彼らは長く生きてきたが故に、箸をちゃんと持ててない人をより多く見てきた。

今でも矯正せずに生きてきている人もいたりする。

それを気にする時も、気にしないようにする時もあっただろう。

から箸の持ち方について、腹に抱えているもの若者よりも熟成されている。

先生の言ってることは、箸の持ち方を直す気がない人間ポジショニングトークしかないんですよ。それの何が悪いのかと逆切れする術でも教えるっていうんですか」

うーん、この歳になって箸の持ち方で説教なんてくらいたくなかった……」

しかも彼らは教育者という看板を背負っている手前、その日限りの雑談で片付けられなかった。

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記事への反応 -
  • ≪ 前 そして結局の所は、俺自身この件について心根ではどうでもいいと思っていたりする。 どうせ、このやり取りも今日だけで終わるんだ。 よくある仲間内での些細な諍い、日常茶...

  • ≪ 前 こうして、弟の学校で箸の持ち方が徹底的に教えられることに。 「まず、一本目の箸を鉛筆を持つ時みたいにして。この部分が動かないよう固定させるのがベスト」 「鉛筆の持...

    • ≪ 前 この授業での様子は市内の新聞でも取り上げられた。 俺はそのことを、行きつけの喫茶店で知った。 まさか、あの時の会話を弟が聞いていたのかと推理したのも、この時になっ...

      • ≪ 前 箸の持ち方を授業で徹底的に教えるというニュースは市内に轟き、そして他の学校も見切り発車気味に真似しだしたんだ。 そして広がりを見せると授業内容は最適化されていき、...

        • ≪ 前 「市長、こちらの書類にサインと判を」 「はー、やれやれ。ある意味で尤も重要なのに、尤も簡単な仕事なんですよね。政治システムのバグだと思うんですよ。放置せずデバッグ...

          • ≪ 前 この場における、市長の認可は通例的なものにすぎなかった。 既に各役所で審査は終わっており、市長の考えうる懸案事項は通過済みだからだ。 市長が七面倒な人格者でも町が...

            • ≪ 前 昼飯を買ったが、未だ結論ではない。 このまま帰れば、何となく判を押して終わりだろう。 最後の抵抗とばかりに、イートインコーナーで昼食を済ませることにした。 「いた...

              • ≪ 前 「ほぅ、マイ箸ですか」 市長は思わず声をかけた。 別に彼から箸の矯正について意見を仰ぐつもりではない。 ただ箸を綺麗に持つ者として、その“趣”を知りたかったんだ。 ...

                • ≪ 前 ここにきて、紳士は相手が市長だったことに気づいたようだ。 「そうですが……どうかしましたか?」 「い、いえ、どうもしません。では、私はこれでっ……失礼します」 す...

                  • もうそろそろ山場かな

                  • 書籍化したら「増田みたいなネットのゴミ捨て場か本が出た!?」ってな感じでちょっとしたムーブメントが起こりそうで楽しめそうなんだけどなあ。

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