2018-07-04

インターネットでよく見るヤバイ教師ってほどでは無いけど、そういや自分小学校のある教師教育的にアウトだったんじゃないか最近思っている。

その教師教育方針はこうだった。

小学生のうちは何でも簡単に覚えられるから、どんどんいろんなものを暗記しようという考えだった。

最初は後々入試とかで覚える必要があるからという理由で「枕草子」や「平家物語」の冒頭を覚えさせた。本文の意味を教えてもらった記憶殆ど無い。

ちなみに、私の通っていた小学校では学年に1人ぐらいしか中学受験はしない。だから、その暗記した文章を使うのは何年も後の話で、その頃には私はほとんど忘れてしまっていた(これは私の記憶力の問題かもしれないが)。

私が違和感を覚え始めたのはその後ぐらいからだった。

つぎに暗記させようとしていたのは「雨ニモマケズ」だった。完全に教師趣味である。その教師の好きな作家が「宮沢賢治」だという理由だった。ほかに理由は無かったと思っている。

宮沢賢治の誌の中でも比較的わかりやすものだが、わざわざ覚える必要があるか?と感じている。あの詩は宮沢賢治思想が十二分に含まれているし、きっと小学生には理解できない。私を含め、ほとんどの同級生宮沢賢治の一生についてほとんど何も知らなかったからだ。彼の人生を知っていても、並の小学生時代背景を理解して文章を読み解けるのはほんの一握りだと思っている。これは小学生に限らないかもしれないが。

その次に暗記させたのは「般若心経」だった。これはひどい教育自分宗教を持ち込むなよと思う。私の家は仏教徒だがその他の生徒はどうだったのだろう。キリスト教イスラームの家庭かもしれない。宗教教育公立小学校でする必要はない。それを暗記させようとしていた頃には私はほとんど嫌気が差して覚えようとは思わなかった。記憶力の良い生徒は丸暗記していたし、それをクラスのみんなの前で流れるように唱えていた。あれは異様な光景だったと今なら思える。

この教師問題点を挙げるとするならば2点ある。

1つは宗教自由だ。日本人比較的に仏教徒は多いが、全員ではない。また、仏教系やキリスト教系などの学校では無い普通公立小学校である。つまり、他の宗教信仰している生徒がいる可能性があるにもかかわらず、特定宗教だけを教えるのは極めて不適切だと思っている。

2つ目に丸暗記の弊害だ。生徒は意味もよくわからずひたすら暗記するだけだった。果たしてそれに何の意味があるのだろう。まして、宗教文章となると無意識的に生徒の思想操作しているのと同じではないだろうか。

あの文章を暗記させていた教師教頭校長になっていると聞いたことがある。その教師は熱心に生徒と接していたので人気も高かった。きっと問題にならずに済んだのだろう。

この教師一般的だとは思わないし、思いたくないが、探してみると案外いるのかもしれない。この文章を読んで似たような体験をした人がいたらぜひ教えてほしい。

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