はてなキーワード: 自己嫌悪とは
知人(ちなみに知人も私も女性)が興味もちそうな、珍しいスクールがあった(私はまったく興味ない)ので、メールで知らせてみた。
すぐ返信がきて、「今は忙しいので無理です、そのうちお茶でも」という定型メールが来た。
いや…別にお茶とかスクールに誘ったわけでなくて、単に役にたつ情報があるよ、って言いたかっただけなんだけど、この食い違いにひどい自己嫌悪を感じてしまった。そういう意味じゃないんだ。ごめんなさい。
そんなら昔(つってもたかだか30年前くらいより前)の人らもっとゆがんでなきゃおかしいだろ。
昨日の日記を読み返してもの凄い自己嫌悪に陥り、悶々と午前中の病院めぐりを済ませてきた。
課長がぶーたれて嫌がっていたインフルエンザの注射はびっくりするほど無痛で、だけどこのネタをぶりかえすと私は大真面目に
と説教しそうだからもう封印する。
課長が楽しそうに語っていたディズニーランドデートの相手が、今の私と当時同い年の女性だっただけ。
おそらく過労ストレスのせいででてきちゃったにきびの治療を受け、でもその治療を受けなきゃと思ったのも肌荒れで出勤したくないからだったか、と思って苦笑いし、私は結局仕事に没頭するキャリアウーマンでもなんでもなく、ただオスにシッポ振ってる年頃のメスですね、と。
だけど私は、そうやって性が突き動かすヒトの行動にいちいち潔癖発動してることが一番嫌だ。
病院でとなりの席にいたお母さんに抱かれていた赤ちゃんを見ていた。かわいい。愛されてるかんじがする。
大人になった私は、人に愛されてるかんじを表に振りまいているだろうか?
言動と行動と精神的な部分がいちばん合致しないんだよね、性の話題はね。
まあ私は両親がその話題を兎に角最高のトップシークレットとして、一切の教育も受けず、両親にその匂いも感じず、ずっとずっと今日の今日のいままでやってきてるから、仕方ないことなのかもしれないな、と思う。
世間様の標準も知らず、つたない経験をぽつぽつ重ねたりしつつ、情報の海から得た知識を元に自分の意見も持ってるつもりだけど、肝心のハートがそれについていかない。
不倫してたわけじゃない、向こうが私を好きってわけでもない、たんなる片思い。
私は勝手に、あの人は年相応の落ち着いた女性と結婚して、40代らしい穏やかな結婚生活を送ってると思ってた。
それが実は相手が私と大して歳の変わらない小娘で、歳の差を乗り越えられる強い愛で結ばれてて、いっぱいセックスして、
子どもが中学に上がる頃には定年しちゃうけど子どもはもうけます、その、その人生の決意に嫌悪抱いてる私って何者?
ただ好きになっただけの精神的なつながりを求める自分は良くて、人生重ね合わせる決意をして心も体も委ね合ってる歳の差夫婦はダメ、っておかしくない?
ていうか自分だって、手をつなぎたいとかキスしたいとか寝たいとかほんとは思ってただろ?って。片思いの分際で純愛ぶるなって!
課長の大きな幸せを前に、結局自分の惨めさが浮き彫りになり、そこから逃げ出そうとして潔癖発動して課長を気持ち悪がってみたり、
自分の欲望を押し込めて純愛ぶったりするけど、ただ単に、いつもいつでも長く続いていく日々の失恋の道が突然上り坂になったからうろたえてるだけで。
相手に何もしないなら、好きで居続けることも欲望の対象にすることも、逆に嫌いになることも、勝手だと思うからそうしたい。
だけど人間として極めて基本的な、相手の幸せを祈るとか、命の誕生を祝福するとか、その部分だけは自分のダークサイドから守っていかなくちゃ。
僕は、起きようと思ったが、寝不足体で体が動かず、結局二度寝してしまった。
次起きた時は携帯電話が無くなっていた。不思議なこともあるものだ、とPCで時間を確認した。
12時10分だった。
せっかくの休日を無駄にしてしまったと、後悔と自己嫌悪で頭が痛くなったが、これも運命だと僕なりに解釈し、しきりに部屋の外側から聞こえる豚の鳴き声が、治まる頃を狙って部屋から出てた。
部屋のドアを開けたすぐ前では、まるまると太った豚達がサウナへ行くの準備をしており、ニタリと嫌らしい顔で僕も行くように誘ってきた。
もちろん断りを入れ、昼ご飯を作らせた。そして、僕が特別好きでも嫌いでもない、地元ではよく見かけるポークと目玉焼きが出てきた。ポークはとっても厚く切られており、ついでに言えば僕の好みではなかった。
豚達がサウナに出かけ、暇になったところでテレビを付けてみた。何回かチャンネルを回し、結局、高校生クイズと言うものを見ることにした。クイズと言うことで名門校ばかりが名をあげており、特別僕自身の興味を誘うものは無かったが、時間帯が時間帯だったので、これしかマシなのがなかったのだ。この結末を書けば、最後まで残った医学部進学率一位の高校と東大進学率一位の高校に通う生徒達の対決であった。16対16まで延長戦を行い、16対17で東大進学率一位の高校が優勝した。それだけの話しである。おめでとう。
マスクをして棚の一段一段を拭く。掃除機をかける。上から下へ掃除をしていく。
自分の心が荒れてる時は大抵部屋も荒れてる。部屋が荒れてるから心も荒れる。
深夜で掃除ができないとか忙しくて掃除する時間がないって時は、自分が座る場所もしくはベッドまわりだけ片付けるようにしている。あるいはくつろいだ時に目に入る場所を綺麗にするって言うのもいい。
自分がいらいらもやもやする原因はほぼ自分の不甲斐なさや無力感に自己嫌悪を感じる時なので、やればやっただけ効果の出る掃除は精神衛生上いいみたいだ。ぴかぴかに磨き上げた部屋を見るとすっきりするし。
今まで作ったことの無い料理や使ったことの無い食材に挑戦する。
気持ちが落ち込んでいる時は難易度の高い料理には挑戦しない。失敗すれば余計に落ち込むからだ。
これもうまくいけば、自分がやったものの結果が目に見えるので、お、自分やるじゃん、ってちょっとだけ思える。何より美味しいものを安く食べられるし。
生きていく上で必要なスキルだから。
起きた時点では試験開始まであと20分あったけど、会場にたどり着くまでの時間を考えると、30分近い遅刻にはなる。
遅刻は30分まで許されてるとはいえ、ギリギリ試験を受けられたとしても回答時間があまりにも少なすぎるので、合格できないと気付いた。
そう気付いた後、1時間弱自己嫌悪に陥った。起きた後、変に慌てたから、今になって体もだるい。
・・・同じような過ちを繰り返さないようにしよう。そう思う日曜の朝であった。
二ヵ月前にフラれた。
二年以上付き合ってたけど向こうが飽きて捨てられたわけで、まあよくある話。
もう一年以上前から前兆あったし、ここんとこ特にgdgdだったからある程度覚悟はあったよ。
それですっぱり別れたことは別れたわけだが、気持ちの落とし所に迷ってる。
付き合ってた頃は毎日のようにチェックして、「あー、こんなことしてるんだー」って目安になったりして楽しみに見てたんだけど。
別れたらこれがまったくもって厄介なもんなんだ。
もう関係ないし知りたくもないから見なけりゃいいのに、どうしても見に行っちまう。
付き合ってた頃もらったものは全部処分したし、メアドも消したし、写メも全部消去したのに。
にもかからわず、ブログは巡回からはずせねー。
ブクマにつっこんであるんで、それを解除すればいいだけのことなのに、それがどうしてもできねー。
まだ未練はあっても私から連絡することはないし、もう二度と会わないと思うし、強い意志を持ってるつもりだよ。
共通の知人もいないし、家も遠いから、普通なら接点なんて絶対ないし。
だのに、よせばいいのに更新チェックする自分に自己嫌悪な日々。
きっと、いつかは行かなくなるんだろうけどね。
今はまだ気持ちがフラフラ。
ちょっとツライ。
あと30分で講義がある、だから30分暇なんだ。
今、経営学科で偏差値46?ぐらいのE?F?ランの大学生をやっているんだけど、昔はもうちょっとマシな偏差値の学校、いや、まぁ、どうせチラ裏だしほんとの事言うと偏差値でいったら57くらいのちょっとマシな公立行ってた、もうちょっと昔で言えば中学じゃTOP10くらいにはいて優越感に浸ってたし、小学生に戻れば学年一番で頭がよくて人受けも人生の中で一番良かったな、スクールカースト的にはまぁ全体的に地味目でも普通な感じだった。
あぁ、なんかもう最近となっては慣れたんだか、昔のことを忘れたんだか、わからないけど今と昔の比較なんてあまりしなくなってきた、しても何の意味もなさないのは理解してるつもりだし、でも今日までの遍歴を他人と比べたり考えたり、何の進歩、何の利も生み出さないことを知りながらも繰り返して悶え、鬱になり、躁なり、なんだか最近鏡を見てると鏡の中の自分が自分と感じられない有様だ
後20分か、あーあとこの文章は練ってない、ただの走り書き、読み返したりしてないから・・・嘘です、ちょっと気になって読み返しました。
で、なんだったかな、そうそう高校で弓道部だったんだ、これが以外と県内有数の施設でさぁ、結構強かったんだよ?
あんまり真面目にやってなかったんだけどさ、レギュラーにはギリギリ入ってた、インターハイは進出直前で前年覇者に当たって死んだ、シードにしとけよ前年優勝者くらい。
で、今通ってるFラン大学にも弓道部があってさ、これはもう鳴り物入りって感じで入れば、優遇されるんじゃないかって考えと、少し弓が引きたくなってしまったのが相まって入ってしまった。まぁ、雑用があるとか先輩におびえるとか雑用で休日で潰れるとか、は当たり前だよな一年だし、やってきたことだし。
ただ、弱かった。高校の後輩と今の先輩をぶつけたらきっと惨敗では済まない倍の点数差をつけられるんじゃねえかと思ってしまうくらい、それと自分の実力も一年生に戻ったが如くボロボロだった事とか、良くある先輩への不満なんかで、色々募っていった。
そんなこんなで何とか春学期を終えて、これから夏休みって時だった。
なんだったかな、夏休みも当たり前のように
あーもうだめだ時間が来た、9階から隣の棟の5階とかねぇよ、じゃあ、もし読んでくれた人がいたのなら、また後で
追記
こんなのを読んでくれた物好きな人が居たもので、今度から教室間の移動が億劫になる数だけコメントくれた人のことを思い出すことになりそうです。
さてまた後でとか言いながらもう5日くらい経ったかな。
今日は1コマ空いててあと一時間ちょっと時間があるから、またダラダラ書きますよっと
そうそう夏休みに入るところからだった。
夏休みに入るとほぼ同時に部活の練習が組み込まれていたんだよね、それでさ、練習場所がなんか毛虫が上空から降ってくるという野外練習場で、夏休み前に休日返上して掃除しに行った。まぁーショボイ、暑い、泥だらけ、本当に毛虫が降ってきた。
またこういうところで過去を持ってきてしまうところからして未練タラタラな自分は、あー高校の頃は、大会が自校開催できるくらいの立派な道場で好きなだけ、やりたい放題やっていた頃が懐かしい羨ましい妬ましいとか思いながら、初日の練習を次の日に控えて準備をしていた。ふと次の日の練習時間が何時からだったか知らないことに気づき同期に連絡を取る、俺は始発に乗っても間に合わない時間ということを知り、なんか不満が爆発。
まったく、最近の若者は無気力なくせにすぐキレるから困る、ちなみに松岡修造はキレるって言葉が一番嫌いなんだってよ。
次の日、無断欠席。その次の日無断欠席。その次のつぎの(ry
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ(ry
とまぁ、入ってくる留守番電話、着信、自宅の呼び鈴にビクビクしながら大学の夏休みは終わった。
この夏休みの事、不満爆発の原因(本題)も事細かに語るのは大変だから、必要に応じて小出しにしますか。
そしてぇ、秋学期の始まり。
あれだ、最初のほうに述べたとおり、そこそこの学校からFランに転落してきたから、未だにこの学校には馴染めていない、金髪のにーちゃんねーちゃん、根暗が沢山だし、タバコも嫌いだ。二人組みを作るのに本格的に苦労はしてないけど友達が居ない(本題)、ほぼぼっちだといっても差し支えない。
で、無駄に長い通学時間は読書して潰してる。最近は海辺のカフカ(上)とネガティブハッピーチェンソーエッヂと化物語(上)、グラスホッパーをほぼ同時に読み終わる。最早、本が友達になってきた。
西尾維新はいいよね、言葉遊びが好きです。でも表紙とか見るとあんまり他人には薦められないっていうか、そもそも自分の気に入ったものは他人に見せたくない、自分の中で自己完結させたいから他人には薦めないという心の引き篭もりっぷりを発揮している自分は寂しい奴のような気がしてなりません。
じゃあ本題に入りますか。
部活のことですけど、無断欠席を続けていてもう部内には居なくなった人になったと同期が教えてくれました。
実質退部。その理由
なんで友達を作れない、作らないのか。その理由
そのー、今の自分が大嫌いなんですよ。
予備校通って、受験勉強してきたつもりになって、自分の生活、楽しみを投げ打った結果Fランにしか受からねぇ。
春休みはそんな無力感で何もできませんでした。今までの自分はなんだったのか、過去の自分との対比から始まり、今後の生活、将来、周りへの影響、今までに無い程の自己嫌悪。いろんな物が急に押し寄せてきたような、そんな気がして動けないままに動き方を忘れた。
そして、そのまま学校は始まり、何となく居場所がなくて、部活に何となく入り。
何となく日常の授業をこなし、ノートのために友人らしきものを作り。
ある日、周りの人が自分と通じる、というか同じような、人であるという考えが思い浮かんだまま離れなくなって、自分と同じ場所に来てしまうような、自堕落な、自分と同じカテゴライズにされてしまう人間は嫌いだと、そんな風に思ってしまった。
その考え方が元で、この学校に属する人とは仲良くできる気がしない、自分を認めることができない、部室に居る先輩も、隣で授業受けている人も、教えてる先生も、誰一人、尊敬できない、認められない、居ないほうがマシだ、と思ってしまう。
いやぁー、我ながら酷い文だ、読み返す気にもならない、ちょうど後10分で次が始まる。
英会話が強制的に組み込まれてるのってどうなのよ、まったく。
追記の追記
一ー
というわけで、化物語で検索してこんなものを読ませてしまって申し訳ない。
その1 じゃなくて そのぉ っていったつもりだったんだ。
ブログもmixiもやってないからコメントが付くといちいち嬉しいね。続きが読みたいなんて言ってくれる人が一人でもいれば死なない限り続けると思います。
で、読み返したけど、読みにくいし、全体的にちょっとアレだし、句読点の場所とか漢字おかしいとことか結構あるよね、直さないけど。
現状ね。もうほんと最近さ頭働かしてないんだ。
最近どころじゃねぇ、もう半年くらい何にも考えてないといっても過言じゃないね、現状をどうにかしようとか、彼女つくろうとか、勉強しようとか、資格取ろうとか、オシャレに気を使おうとか(パーカー、ジーパン、シャツで成り立っているよ)、考える事をしなさ過ぎて、行動もしないし、それが続いてて、疑問を感じなくなって悪化している。そんなスパイラルにはまっているんじゃないかと、思ってる、ただ悪いことだとは、思えなくなってる。
どうしたいのか?と聞かれて今これだけの事が頭に浮かんだ、現実じゃそんなこと聞いてくれる人いないから、現状の打開なんていう事からすら無意識に逃げていたっていう事に気が付かされたよ、逃げていたというか、現状に対しての諦め、拒絶、無関心というのが正しいかもしれないかな。
唐突だけどさ、今週休4日なんだ、羨ましいでしょ?
これがまたいけないのかもしれない、今までの人生でこんなにボケッとしていることはなかった。
大学に行くまでにさ、二時間半も掛かってしまうと、授業を固めたくなっちゃうんだよ。
それにそんな、授業自体は難しくないし、宿題もそんなないし、レポートとかまだ2、3回しか作ったことないし、いいのかよこの学校。
あ、やばい、すごいことに気が付いてた。まだ大学に入ってから、自宅での勉強時間4時間行ってねえ。
ここまでくると少し自分に恐怖を感じちゃう。
追記
悪ふざけが過ぎたよ、ごめんなさい。
http://anond.hatelabo.jp/20091015222313
幸い、実家なんだ。だから少し蓄えはある。
とはいえ120万なんて健康保険と年金と生命保険ですぐに消えていきそうだ。
(体調悪くなったこともあって、生命保険は切れそうにないと思ってる)
30から、楽しくなるのかな。
端的に言って、次の仕事が見つかる気がしない。
これから先、どうなるかわからないけど、明日晴れたらお酒を飲んで酔っ払ってみようと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20091015223111
傷病手当なんてものがあるって知らずに、休めたかもしれないのに辞めてしまったので。
ボーっとしてると、無為に時間を使ったと感じてなきたくなる。
だらだらと書いてみる。
やる気が出ない。
今週一ヶ月の進捗状況を発表するのにpptも作ってなければそれほど進んでもいない。
朝起きて学校に行くのがすごく億劫になるけど、学校に来ると家に帰るのが億劫になる。
進学(M1)してから、勉強が好きじゃないのかなあって思ってきた。勉強っていうか、研究が好きじゃないのかも。
初めは興味があるテーマなんだって思っていたんだけど、思い込みだったのかも。
頑張ってみても頑張ってみなくても評価はそれほど変わらない。
毎日生きていることにあんまり意味を感じない。
そのわりに突然泣きたくなって一人で泣いてたりする。
学校辞めようかなあと考えるときが多いけど、他にやりたいことがあるわけでもないから踏み出せない。
最近憂鬱になるのが性格なのか、ちょっと前に飲んだ薬のせいなのか全くわからない。
こんなに使えない奴で、すぐ憂鬱になったりしてしまうのに、社会に適応するとは思えない。
死にたいなと思うのにアクションが起こせない。それでいいはずなのに良い気がしない。
最近また眠れなくなってきた。寝ると明日が来るから、それがストレスなのかなあと推測。
こういうこと話せる人がいない。
話したときに相手に荷物を任せる気分になって自己嫌悪になるし。
でも言いたくなる自分が嫌だ。
そろそろ何を書いているかわかんなくなったからやめる。
こういう書き方って書いてる本人は気持ちいいのかなあ?と本気で思うよ。
感覚が全く違うからか、自分だったら書いたあと自己嫌悪になってる。
本当かどうか割合がどうかの議論だったら本来は感情の入る余地なんかないじゃない。
例え自分が正しいと思うことが議論上決定的だったとしても、俺だったらこんな捨てゼリフで気持ちよさを得ることは出来ないなあ。人それぞれなんだろうけど。
それだったらどっちが正しかろうが、資料や手順を踏んで結論としてはこういうのが正解に近いのではないか、ってのがビシッと出たときの方が
捨て台詞よりも遥かに気持ちよさを感じるよ。
自分はたまにというかよく、メールの返信をしないまま放置してしまうことが多い。
緊急の用件などは返すけれど、どれだけ仲のいい友人からのもの、つい放置してしまう。
放置してそのうちどうでも良くなってしまう。
緊急の用件でも放置して、3日後ぐらいに返すパターンもすごく多い。
メールが嫌いなわけではないし、友人が嫌いなわけでもメールの内容がつまらないわけでも
時間がないわけでもない。
ただただ見るだけで満足して、放置してしまう。
しまいにはせっかく出会えて仲良くなって友人になってもそれに満足して、
メール交換を放置して疎遠になってしまうというのもよくあるパターンになりつつある。
いけないと思いながら、それでもしてしまう。
自分はコミュニケーションにおける根幹部分である信頼関係を一生懸命作って、自ら壊すという果てしなく矛盾した行動をとっている。
もちろん壊してしまうこともあるだろうが、普通は維持に努めるものだ。(例外として自分と合わない人は自らで関係を壊すが)
維持したいと思っているのに、ついしてしまう。
これはコミュニケーション能力の欠落なのか、それともこれこそが自分のコミュニケーションになっているのかわからない。
正直、自己嫌悪になる。
こんなことされたら自分なら傷つくし、なにより親しい友人にこんなことされたらツラい。
なのに、してしまう。
だれかいい治療方法教えてほしいと思う時がある。
私は人の目が気になって自己嫌悪に陥ったとき、
どうせ自分なんてそんなに人に気にされてないよ
って開き直ってる。
こういう考えでいるとけっこう気楽になれるよ。
大学入って暫くくらいまでゲーム業界ワナビだった。一番こじらせてたのは高校の頃で、グラフィックがやりたくて美大受験の勉強をしていた。上の兄弟が病気して、自分が働き口のある分野を専攻する必要に迫られたのでアトリエをやめて受験の方向転換をしたらさすがに諦めがついたのだけれど、それでも大学の専攻をなんとかゲーム業界につなげられないかと悩んだりした。それも、過去の話。熱が冷めるにつれ全然ゲーム業界にはこだわらなくなり、別の夢を追い始めて、やっとこさ少しだけ日の目を見るようになった。
ところが最近恋人が出来た。ネットで知り合ったその人はゲーム会社でばりばりやっている人だった。
私はその人がゲーム業界の人だから好きになった訳では勿論ないし、その人のどこが好きかという意味じゃゲームと関係のないことばかりだ。でも、姿の見えるなれそめで知り合っていたら、ゲーム業界の人だと知っていたら、今なら敬遠しただろうと思う。
その人の仕事に関わる話題になるとどうしようもなく胸がざわざわする。忘れたはずのルサンチマンがよみがえってきてきて落ち着かなくなる。大好きな人のはずなのに。その人が業界に入ったルートが「学生時代にとあるゲームをものっそい勢いでやりこんで攻略サイトを公開していたら、攻略サイトの文章のウマさを買われてスカウトされた」なんていうシンデレラストーリーだからだろうか。たとえ恋人であろうと仕事上の名前を明かせないとかの守秘義務が「本当に業界の人なんだ」という実感を沸かせてしまうからだろうか。
多分全部だ。大まかには把握しているけれども勤めているメーカー名すらも明言してくれたことはないし、オフィスがどこなのかも知らない。過去に情報漏えいで騒ぎになった部門らしく、その名残を受けてセキュリティでがちがちなのだという。恋人は、仕事帰りに待ち合わせて食事をすることすら嫌がる。まぁ社員証とか書類とかを手元に持ってる状態で会いたくないんだろうと理屈では分かるのだけれど。
恋人のことはすごく尊敬しているし、いい作品を世に送り出してほしいとも思っている。でも、自分が夢を諦めた人間であることが恥ずかしくなる。自分がどうしようもなく矮小な人間に感じて(私には私の専門の技能があるのだけれど、恋人はその分野にも多少造詣があって、私が圧倒的にぬきんでているとは言えない)、自己嫌悪でドロドロとした気持ちになる。
結婚の約束がある恋人。恋人は結婚に先立って転職をする。先細りのゲーム業界にいて結婚生活を維持するのは不安だから資格を取って資格職になるのだと。私との結婚をそこまで大事に思ってくれているのかという喜びもある。もう一つ、もやもやしないで済むようになる!というどす黒い喜びもある。あと、結局仕事のことは何一つ教えないままで通そうとするんだろうな(当たり前なのに)というあてつけがましい怨嗟がある。
そしてまた自己嫌悪。ごめんなさい、感情で物を考えてビキビキしててごめんなさい。私は私の技能を磨きます。そして、結婚したらいい嫁になり母になります。だから、もう少しだけ自分の子供っぽい部分と戦う時間を下さい。
勢いで書く。
自分は同期が嫌いだ。
正確に言うと、同期11人のうち、自分を除く10人中4人が大嫌いだ。
あとの5人は可もなく不可もなく。。純粋に気が合うのは1人だけだ。
で、その嫌いな4人が大問題なのだ。
なぜなら、その4人が、何事も中心になっていたりするからだ。
その4人は、自分たちの話しかしない。さらに、自分の意見は曲げない。
(周りは聞き役になってあげるし、意見をゆずってあげるから。)
で、やつらは、「自分たちは気が利く」「自分たちは空気読める」って思い込んでる。それもまた大問題。
おまえらのせいで、こっちがどんだけ嫌な思いをしてるかには気が回らんのかい!と、突っ込みたくなる。
こっちがこつこつ裏で働いたことには感謝せず、
嫌いな4人を、A男、B男、C女、D女、とする。
その中の2人(A男、C女)は、自分と同じチームなので、自然と一緒にいる機会が多い。
A男、C女、自分、がその場にいるとする。
A男とC女だけで話している。
A男、B男、C女、自分、がその場にいるとする。
A男、B男、C女だけで話をしている。
B男、C女、D女、自分、がその場にいるとする。
B男、C女、D女だけで話をしている。
A男、B男、C女、D女、自分、がその場にいるとする。
A男、B男、C女、D女だけで話をしている。
・・・おいおい、ふざけんな、と。
奴らは終日チャットを立ち上げっぱなしにしている。
自然と、周りが分からない話題や陰口が横行しているようだ。
そのために、自分はどんどん取り残されていった。
以前は、なんとか、話に入っていこうとしていた。
しかし、気づいた。
疲れるだけだ。ピエロになるだけだ、と。
自分がよっぽど性格が悪いのか、もしくは嫌われるタチなのか、と、自己嫌悪に陥ったりもした。
しかし、自分以外の他の人と一緒にいる様子を見ているうちに気づいた。
周りに誰がいても、やつらは同じ態度なのだ。
自分は奴らと一緒にいる機会が多いだけに、終始嫌な思いをさせられている。
正直、事故か何かにあって痛い目見ればいいのに、と思う。
向こうも流れでコトを進めようとしてたんでしょ。
しかも酔ってるときに。
そんなに自己嫌悪することないよ。
まだ好きかどうかわからないなら、期待させといていいんじゃない?
好きになれないと思ったときにはっきり振ればいいよ。
新入社員。他の部署の同期と仲良くなり、この間3回目のデートをした。向こうは私のことを、どこがいいのかはわからないがとても気に入ってくれてるみたいで、すごく楽しいデートを考えてきてくれた。私はといえばまだ探り探りの状態で、話も合うし一緒にいると楽しいけど、まだ好きかどうかははっきりしない感じだった。でもデートも3回目だし、いい加減何かしらの進展があることくらい私にも予想がついていた。
下北沢をふらふらと歩いている間になんとなく手をつながれ、晩もおしゃれな個室の居酒屋なんか行っちゃって、酔っ払ってとろんとしちゃってキスしてしまい、いつの間にかそのままのノリでお泊りの流れになっていた。しかし私の中ではコトが進展するごとになんともいえない違和感が大きくなっており、なのに変に気を使ってなかなか断れず、気がつくともう彼の家に着いてしまっていた。彼は着くなり私を抱きしめ、私の名前を連呼してキスの嵐、もうなんか何?そんなに我慢してたの!?というようながっつきっぷりだった。あんなにがっつかれたのは生まれて初めてだった。彼の家に着いたとき、ここまできたらなすがままに流されよう・・・とある種諦めのようなものを感じていたのに、彼の様子を目の当たりにした私は突然引いてしまい、「ごめん、やっぱりまだ・・・」と言ってその場を後にしたのだった。彼は駅まで送ってくれたが、私のテンションが急降下したことをすごく気にしているようだった。当たり前だ。彼の自尊心はガタガタだ。自分が中途半端に流されやすいことで、人を傷つけてしまったことに落ち込んでいる。そしてまたフォローのメールを自分からしてしまうことで、彼に変な期待を抱かせてしまう自分が本当に嫌だ。私は結局他人に嫌われたくないだけなんだ。一体いつになったらもっとまともな大人になれるんだろうか。
ちょっとひどすぎるよ、もう。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20090914/p2#c
しかし彼は「ポル・ポト」ってことばが使われても「不愉快」とは感じないんですよ。この反応の違いにはもちろん理由があるわけで、彼が(そして彼を擁護しているパチもんが)徹底して目を背けているのはその部分であるわけです。
どこまで印象誘導すれば気が済むわけ?
その反応に違いがあるのは、理由は一つ。そもそもHALTANは左翼に親和的で、猿みたいな衒学的な議論にのっていた。だけども、小難しいことをいって、さもご立派なことを言って他人を煽っておきながら、その実態は単に自分のことしか考えてない連中ばかりだったという失望があった。それでHALTANは左翼を信用しなくなったんで、彼のブログはそれしか言ってないといっても過言でない。
簡単に言うと、そういう言辞に素朴にのってしまった自己嫌悪がすごいんだよ、HALTANの場合は。そこを踏まえておかないと、あのブログは何にも分らないよ。
自己嫌悪も加わるから、だから左翼に対してより厳しくなるわけで、では右翼の渡辺昇一の肩を持つのか、そもそもHALTANは右翼かというと、ブログを読む限りでは全然そんなことがないわけだ。もともと右翼に親和性がないから「あっそ」で終わる。それだけのこと。
それだけのことなのに、よくもまー、これだけ印象誘導するもんですな。
むしろ、左翼に反感を覚えているというだけで、ここまで印象誘導する猿によっぽど「心の闇」を感じるね。何様のつもりだよ、いったい。ものを知ってるのがそんなに偉いのか。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/HALTAN/20090916/p1
Apeman なんぼあがこうが、「場違い」だの「飛躍」だの「恐ろしい」だのと「偉そう」に書いた挙げ句、新書一冊読めばわかることをふまえてないことを指摘されて逆上した・・・という事実は消えない
新書一冊読めば、トリアージとホロコーストを絡めた議論に納得できるっての?できないよ。それができるのは、猿の仲間だけじゃないか。
それより、「所得の再配分」とはどういう意味なんだ。「逆さに振っても鼻血も出ない」とは思われない金持ちから分捕るというのが本音でしょう? しつっこく「所得の再配分」といいかえてるところを見ると、なんとか印象操作してごまかしたいというところだろうが、そうはいかないよ。
つまり、コアな左翼っていつもこれ。人のいい振りして、他人を釣って、でも実態は違う。本音は「脳の失敗」なんぞというタグを見たって屁とも思わん人間の集まりじゃないか。
ホロコーストでも南京事件でもなんでもいいが、他人の血や涙と、お勉強で得た知識でこけおどして、まずくなったら印象操作して他人を悪者にして、それで人のいい読者を釣るなっての。そういうことをやっている限り、猿の戦争犯罪に対する問題意識はカスになる、ブログの記事も全部ガラクタと化すんだ。いい加減にしろよ、もう。
母に、いい歳なんだから、結婚して沢山子供を産んで女として幸せになって欲しい、と言うようなことを言われまして。結婚出産=幸せという感覚にかなり違和感があるんだけども、それはとりあえずおいといて。
「自分が生きていて楽しくて幸せ、と思えないのに、今存在していない命をこの世につれてくるような無責任なことをしたくない。ママ、生きることはこんなにつらいのに、どうして僕を産んだの?って子供に言われたら、私には、ごめんねとしか言えない。」と答えたら、「お母さんは三十路ちゃん(私)に幸せになってもらいたいだけなんだけどなあ」と。お母さん、お母さんが私の幸せを願っていることは、多分うそではないんだと思う。でも、だからこそ、私は幸せになるということに抵抗があるのです。
最初の子供だった私は多大な期待を背負っていたのだと思う。未熟児で逆子で生まれた私は、生まれる前から母にとって、「悪い子」で「反逆児」であったらしい。逆子のために帝王切開で私を産んだ母は、「あんたのせいで私の体は傷物になった」とお風呂に入るたびに私に訴えた。幼稚園の頃、「赤ちゃんは、お母さんのおなかを食い破って、マムシみたいに生まれて来るんだよ」といって先生を仰天させたことがある。でも、それが母の私に植え付けた、血まみれの「私」の誕生のイメージだったので、先生は大人なのにそんなことも知らないのかなと不思議に思っていた。母にとって、私は蛇の子だったんだね。
体が小さく、育児書どおりに育たない私は母にとっていつも「できそこない」だった。「私がこんなに頑張っているのに、どうしてこの子はご飯をたべないんだろう。」って。今で言う育児ノイローゼってやつかな。あんたなんか殺して、私も死んでやる!とたびたび言われた。生真面目で完ぺき主義の母には、規格外の私が耐え難い失敗作に見えたんだね。顎関節症の私には、ご飯を食べることは一仕事で、いつも一番最後まで夕食をモグモグやっていると、「グズのあんたのせいで台所が片付かないよ」としかられ、私はますます食事が嫌いになっていった。
もと陸上選手の母に似ず、運動神経の良くない私は更に母の不興を買い、運動会のたびに「母を辱める」自分が情けなくて泣きたかった。小学2年生の運動会で、母に「あんたが一番背が低いのに、足が一番太い。どうして?」と聞かれて、答えられるはずもなく。お小遣いをためて買った、「足やせ」の本を母に発見され、「そんなもの効くわけない、お金を無駄遣いした」と怒られるのが中学生のとき。高校に入ってからは、一向に育たない胸をみて、「パットなしブラで外歩いて恥ずかしくないの?」と言われ返答に窮し、結局パット入りのブラジャーを大量購入。自分が「恥ずかしい外見」なんだということにショックを受けたのをよく憶えてる。
こんなことが積み重なって、私は痩せ気味で背の低いコンプレックスの塊へと成長し今に至るわけです。
私は幸せになりたい。でも、私が幸せになることで母が幸せになるのが許せないのだと思う。いつまでも子供な自分に自己嫌悪。いい歳なんだから、過去のことは過去のことで割り切ってしまえばいい。新しい自分として生きていけばいい、と自分の人生のことを考えているところです。生きることが楽しくはないし、長生きしたいとも思わないけれど、私は不幸ではない。
でもね、おかあさん、わたしはあなたのことがだいすきです。
どうか、わたしのことをきらいにならないで。
追記:こんな泣きながら書いたエントリにブクマやコメありがとうございます。自分が親離れできていない子供である自覚は、上にも書いてあるように、たっぷりあります。そういう自分に困っております。ねじれてるよね。
そして、元増田は、幸せ=結婚出産とは思っていないので、幸せになりたい=ハッピーになりたい、とそのまま捉えていただければ。今後出産する計画は今のところありませんし、婚約者とも「今存在しない命」をつくるよりも、「すでに存在して親を必要としている命」を養子縁組することはどうだろう、と言う話をしています。
人間がちっちぇ話につきましては、確かに元増田は大変小柄ですが、人間の器はそれ以上にびっくりするぐらい小さいです。文章がうまいと言ってくださった方、褒めるのが本意ではなかったかもしれないですが、ありがとうございます。嬉しかったです。ひらがな部分は、母を批判することに対する罪悪感の現れかなと今読みなおして思いました。それから、ブクマにありましたリンク先の方は私ではありません。モノカキではありませんが読書は好きです。
プレシオスの鎖。私の幸せを見つけるために、鎖を解く方法を探したいと思います。
「ありのままの自分を好きになって欲しいから、弱いところも全部見せる」
一見お互い心から分かり合える関係ができる言葉のように思えるけど、
結局弱い部分はそのままでいいと思っているとも捉えられる気がする。
自分としては、自分で弱いと思う部分は少しずつでも直していこうと考えた方が良いと思う。
もちろん性格的なものなら簡単に直せるものではないと思うし、
完璧な人なんていないのだから、認め合うことも大切。
それでも相手にもっと好きになってもらおうとか、理想の自分に近づこうとかいう気持ちを持って
毎日を過ごすことは必要なんじゃないか。
人に否定されるのはつらい。気にしているところを指摘されたら苦しい。
そりゃ誰でもそうだろう。
でもそれを認めるのが愛情なのかな?
弱い部分も知って付き合っているけど直せるように努力はしていこうな、と言ってくれる方が、
全てをそのまま受け入れるよりも相手のことを想っていると思う。
好きだからこそ、これからも一緒にいたいからこそ直して欲しいところもあるんじゃないか。
なんてちょっと愚痴ってみた。
よく自己嫌悪に陥ってしまう相手の話を聞いていると、どうにも認めてばかりじゃダメだと思ったんだけど、
こんなこと考える俺は懐が浅いのかねぇ。