2021-09-05

親父と飛行機

東京にある大学合格したときは鼻が高かったもんだ。

おれの出身とある離島だ。

そこでは、高校に進学すれば優秀、大学受験するのはエリート地元国立大学に進学すれば神童扱いされ、島中に知れ渡る。

そんな島で、おれが東京の有名な大学合格したらどうなるか。

まり学業に関心のない母はあっけらかんとしていたものの、

父は至るところで「うちの倅が〜」などと言いまわっていたのだろうな、外から帰ってくるととても機嫌が良い。そんな3月だった。

おれもおれで、合格通知が来てからというもの「今は経済に関心が合って〜」などと、進学先の学部で何を学びたいか食卓で高らかに話し、遠回しに「おれはこんなに立派になったんだぞ」と主張していたことを思い出すと小っ恥ずかしくなる。

そんな3月の暮れ。

おれは父親母親空港に車で送ってもらっていた。

「この島ともとうとうお別れか」

と見慣れた町並みが車窓の中から点々と切り替わっていくのを眺めつつ、空港に近づくに連れ、明るい未来を描く自分に酔いが増していっていた。

そして空港の搭乗ゲートに入る前、上京する前ということもあり、普段かしこまって話すことのない二人と向き合ってこういった。

「次帰ってくるのは結婚するときかな、10年後とかに綺麗な嫁連れてこれるよう、勉強頑張るよ」

などとフカした。

正確にはフカしてしまった。

おれは結婚を匂わせることで、「息子もここまで成長してくれたのか」などという感慨深い思いを味わって欲しかった。

母はひょうきんな顔で「気が早いな?」などと言っていたが、父はじっとおれを見つめていた。言葉に留め度ない父が、ただ見つめていた。

沈黙を割くように「頑張ってくる」と父さんの返事を聞かぬまま飛行機に搭乗ゲートに乗り込んだ。

開けた飛行場配備された機体の窓からは、ちょうどフェンスに立ちすくむ両親が見えたが、こちらには気づいていない様子だった。

母親携帯か何かを俯き眺めていたが、父はこちらをずっと見ていた。表情までは見えなかったが、今思えば搭乗ゲート前で見せたあの表情をしていたのだと思う。

それから2年が過ぎた頃。

母親東京旅行こちらに来て、色々話した。

大学のこと。島に残った家族のこと。恋愛のことも見栄を張って少しだけした。

そこで少しだけ父さんの話を聞いた。

あんたが東京行ってから父さんの様子がおかしいのよ?飛行機の音が聞こえると、外に飛び出して、飛行機を眺めて、飛行機の過ぎていったあとも、何もない空を眺めてんだよ」

父さんがそんなことを?

寡黙な父はこちからしかけない限りは話さない。公園に行こうとワガママを言っても、「もう少し待って」などといい、気づけば夕方になっていたこともあるような、そんな息子には無関心な父だと思っていた。

母さん曰く、おれが10年ほど帰らないと口走ったことが原因じゃないかという。

空を飛ぶ飛行機を見て、東京に行ってしまった息子が帰ってくるまであと10年か、、、あと9年か、、、そんなことを考えているんじゃないかと母さんは言う。

ズルズルと、ズルズルと27歳になった今。

まだ父さんは飛行機を見ているのだろうか。

飛行機の音が聞こえると、その度に帰ってこない年月を数えているのだろうか?

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