ある物が何であるかは設計思想ではなく使われ方の実態をもって決まる。
設計思想通りに使ってもらえないのは設計が徹底していないからだ。
いや、表計算は数ある機能のうちのひとつとして重宝されてはいるが、実体はもっと複雑で、
DTPソフトでもあり、DBでもあり、メモ帳でもあり、電卓でもあり、プログラミング言語でもあるような
「エクセル」というオンリーワンの統合ビジネスソフトになり果てている。
「エクセルは表計算ソフトです!」と主張する人に限ってそれを説明できていない。
取引記録や伝票のようなマスタを保持するのはデータベースの仕事だ。
それに対し適当な加工をかけるのも本来クエリでやるような話である。
つまり、「エクセルは表計算ソフトだからDTPとして使うんじゃねえ!」と叫ぶ人は、
まったく同じ理屈により、エクセルをデータベースとして使うことも否定しなければならない。
文書をワードで、DTPをパブリッシャーでと言うのなら、マスタはアクセスで管理しなさいとなる。
表とはただデータを保持するものではない。データを「表示」するものである。
表はデータを整列し、計算し、出力する全ての機能を備えていなければならない。
当然、DTP的な要素もあればDB的な要素もあってしかるべきだ。
そういった全ての要素が結びつき、さらにその上にVBAが乗っかることによってエクセルは
エクセル以外のどのソフトにも互換できないような唯一無二の使い勝手を生み出しているのだ。
表計算でもDTPでもDBでもスクリプトでもあることによって発生する独特の使い方のコツというのがあり、
それはそれぞれ単体のソフトだけを連携させている時には絶対に役立たないようなセンスだ。
自動車の操縦のように、エクセルというソフトを手に馴染ませる必要がある。
だから、DTP的な使い方しかできていないようなエクセルユーザーに対して指摘する時は
その理屈でいくと、俺のチンポは生殖器官ではなく、排泄器官にすぎないという話になるよね おかしくね?