2017-03-21

憎悪と一緒に人生への執着もなくなってしまった話

父への復讐人生の目的だった。

父はキャパが小さく、自分問題で手いっぱいになるとパニックになって家族に当たり散らすタイプだった。

中高生時代毎日死ねばいいのにと思っていた。

最近、昔ほど親への憎悪自分の中にない。

一番ひどかった中学生の頃はいつでも胸の内にマグマのような怒りが煮えたぎっていたのに、あの強烈な感覚を感じなくなって久しい。

昔よりいろんな事情が見えるようになって諦めを覚えたのか。怒りを燃やし切って勢いがなくなって、もういいやという気持ちになったのか。

大人になったのかもしれない。でも、今、自分人生を占めていたそれがなくなった分、自分空っぽさが痛烈に身に染みて、痛い。

今まで親のことにエネルギーを割いていたが、他の子自分人生エネルギーを注いで、充実させてきたのだろうか。

私は自分人生をさぼっていたのだろうか。親のことを言い訳にして。

漠然と、父を殺して自分死ぬ将来のイメージが頭の隅にあった。働くとか結婚するとか、そういう幸せイメージじゃないのが自分でも悲しい。

それでも一つの目標ではあった。今はそれがなくなった。

なんとなく20歳そこそこで死ぬと思っていたけど、結局死ななかった。

恐らくこれから先も生きる可能性のほうが高そうだ。

から前向きに人生検討しないといけない。

でも今まで人生って苦行だと思っていた(そのほうが辛い目にあったときダメージが少なくて済むから人間にとってはくそ難しいぞこれ。

しかしだからと言って父への恨みつらみを原動力にしていた頃には自分はもう戻らないだろうな。

人生振り返った結果虚無感に襲われているなう

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